2006年12月19日
1 :僕も万が一に備えて肛門を洗っています :2006/12/15(金) 17:26:18 ID:tjugQiDx0 ?2BP(3354)
太平洋戦争の激戦地、硫黄島で戦った旧日本兵の遺品返還を進める佐賀県み
やき町の特定非営利活動法人(NPO法人)「戦没者を慰霊し平和を守る会」が、
遺族を特定できずこれまで返還できていない日章旗や手袋、帽子などを公開した。
いずれも日本兵と戦った元米兵らが保管していたもので、同会が2004年に入手。
映画「硫黄島からの手紙」が話題となっており、関係者は「島への関心が遺族の
特定につながってほしい」と期待する。帽子には「白尾末弘」「佐世保軍需部」、
手袋には「黒岩上ヒ」「横須賀軍需部」などと書かれている。
日章旗には「波里」「佐世保」のほか、同島に米軍が上陸したという
「昭和二十年二月十九日」の日付が読み取れる。沖縄戦で父親を失った同会の
塩川正隆副理事長(62)は「どんなに小さなものでも故郷に戻すことができれば、
戦没者にも遺族にも喜んでもらえると思う」と話している。
http://www.nikkansports.com/general/f-gn-tp0-20061215-130682.html
やき町の特定非営利活動法人(NPO法人)「戦没者を慰霊し平和を守る会」が、
遺族を特定できずこれまで返還できていない日章旗や手袋、帽子などを公開した。
いずれも日本兵と戦った元米兵らが保管していたもので、同会が2004年に入手。
映画「硫黄島からの手紙」が話題となっており、関係者は「島への関心が遺族の
特定につながってほしい」と期待する。帽子には「白尾末弘」「佐世保軍需部」、
手袋には「黒岩上ヒ」「横須賀軍需部」などと書かれている。
日章旗には「波里」「佐世保」のほか、同島に米軍が上陸したという
「昭和二十年二月十九日」の日付が読み取れる。沖縄戦で父親を失った同会の
塩川正隆副理事長(62)は「どんなに小さなものでも故郷に戻すことができれば、
戦没者にも遺族にも喜んでもらえると思う」と話している。
http://www.nikkansports.com/general/f-gn-tp0-20061215-130682.html
4 :番組の途中ですが名無しです :2006/12/15(金) 17:28:40 ID:PpiCqRpG0
爺さんが機銃掃射の丁度スキマに居て助かった。
前後左右に散ってたヤツ数人が被弾して、重傷だったとか。
81 :肥溜めからこんにちわ :2006/12/15(金) 18:04:02 ID:3CRbYmqy0前後左右に散ってたヤツ数人が被弾して、重傷だったとか。
>>4
うちのじーちゃんも隙間で助かったって言ってたな。
あと岡本太郎と同じ部隊だったそうな。
37 :加害者 :2006/12/15(金) 17:43:10 ID:33925XBn0うちのじーちゃんも隙間で助かったって言ってたな。
あと岡本太郎と同じ部隊だったそうな。
ウチの両親の仲人やってくれた人は、戦時中南方の島に行ってたのだが、ある夜、
沖に浮上した敵潜水艦を発見。
仲間三人と、日本刀をくわえただけのフンドシ一丁で敵潜水艦に泳ぎつく。
そしたら敵が気づかずハッチを開けたので、そこから突入、敵艦長と副艦長を日本
刀で脅して、乗っ取り拿捕に成功\(^o^)/
そして、勲章を貰ったという話。
でもまさかなぁ・・・信じてあげたいけど、何ぼ何でもなぁ・・・(;´Д`)
39 :家賃が払えまえせ :2006/12/15(金) 17:43:47 ID:CjQqNmgQO沖に浮上した敵潜水艦を発見。
仲間三人と、日本刀をくわえただけのフンドシ一丁で敵潜水艦に泳ぎつく。
そしたら敵が気づかずハッチを開けたので、そこから突入、敵艦長と副艦長を日本
刀で脅して、乗っ取り拿捕に成功\(^o^)/
そして、勲章を貰ったという話。
でもまさかなぁ・・・信じてあげたいけど、何ぼ何でもなぁ・・・(;´Д`)
前にNHKの硫黄島特集を見てびびった話がある
あの穴の中でウジ食ってたとか
「食糧やるから出てきなよ」って言ってきた優しそうな米兵を後ろから撃って殺したとか
笑いながらオッチャンが話すのを見て本当にコエーと思った
74 :きゅうり神だす :2006/12/15(金) 17:58:31 ID:oqzwY3yQOあの穴の中でウジ食ってたとか
「食糧やるから出てきなよ」って言ってきた優しそうな米兵を後ろから撃って殺したとか
笑いながらオッチャンが話すのを見て本当にコエーと思った
>>39
俺もそれ見た
硫黄島で食料が無くて、周りにころがってる腐乱した死体にわいてる
蛆虫を食べるしかなかったって…
それ聞いただけで、精神状態が普通じゃないし惨状が想像出来るよな
47 :野田聖子 :2006/12/15(金) 17:46:30 ID:0/8F465M0俺もそれ見た
硫黄島で食料が無くて、周りにころがってる腐乱した死体にわいてる
蛆虫を食べるしかなかったって…
それ聞いただけで、精神状態が普通じゃないし惨状が想像出来るよな
じいちゃんの話 もう聞けねえよ。
もっと話しすればよっかた・・・・・
51 :それが世界の選択でちゅか…! :2006/12/15(金) 17:47:39 ID:W9tITNB50もっと話しすればよっかた・・・・・
>>47
分かるぞ
興味がわいた頃にはもう・・・
34 :ID変わりましたが1です。 :2006/12/15(金) 17:41:02 ID:EnnaNl4W0分かるぞ
興味がわいた頃にはもう・・・
爺さん婆さんの話として聞くとなんか物凄い遠い話っぽいが、
それを経験した時の年齢って今ここ見てる奴らより若いか、同じくらいって
考えたら凄いよな。
38 :ノーマネーでフィニッシュです :2006/12/15(金) 17:43:21 ID:978kDoAb0それを経験した時の年齢って今ここ見てる奴らより若いか、同じくらいって
考えたら凄いよな。
正直俺たちの世代ってナヨナヨしてて兵士になれなそうだよな
54 :↑はもっと評価されてもいい :2006/12/15(金) 17:48:33 ID:unIlUvE/0じいちゃんに話聞けるのはうらやましいなあ。長生きだねえ。
48 :↓おまえが言うな :2006/12/15(金) 17:46:35 ID:F9LutIBK0爺どもは大袈裟に語ってる
86 :おっさん :2006/12/15(金) 18:13:34 ID:3tie9wiD0うちのじいちゃんがあと10人いたらアメリカは敗北してたらしい
76 :記念真紀子 :2006/12/15(金) 18:00:06 ID:xXf9M2XtPウチの祖父さんはロスケに捕まって穴掘らされてたが、
札付きの不良だったのでロスケ共とよく揉め事を起こして大変だったらしい
よく生きて帰ってこれたな
っていうか帰国して親族一同が思った事は
「足がついたまま帰ってきやがった…」
だったとさww
そんな祖父も先年鬼籍に入りました…。
ばあちゃんは元気杉ワロタwww
85 :佐賀県知事 :2006/12/15(金) 18:11:08 ID:ew6Yo1060札付きの不良だったのでロスケ共とよく揉め事を起こして大変だったらしい
よく生きて帰ってこれたな
っていうか帰国して親族一同が思った事は
「足がついたまま帰ってきやがった…」
だったとさww
そんな祖父も先年鬼籍に入りました…。
ばあちゃんは元気杉ワロタwww
じいさんがシベリア抑留
↓
じいさんが死んだと思ってたばーさんが再婚
↓
じいさん帰国。実家に帰るも妻はすでに再婚。
しかもすでに再婚相手と子供を設けてる(のちの俺の父と叔母)
↓
3つ巴で修羅場
↓
再婚相手に愛人がいたことが発覚。4つ巴で修羅場
↓
結局愛人−再婚相手、
じいさん−ばーさんで落ち着くも、なぜか意気投合し4人で暮らす
父方だけで祖父母が4人います・・・
88 :ニート代表 :2006/12/15(金) 18:16:44 ID:xg39B4NQ0↓
じいさんが死んだと思ってたばーさんが再婚
↓
じいさん帰国。実家に帰るも妻はすでに再婚。
しかもすでに再婚相手と子供を設けてる(のちの俺の父と叔母)
↓
3つ巴で修羅場
↓
再婚相手に愛人がいたことが発覚。4つ巴で修羅場
↓
結局愛人−再婚相手、
じいさん−ばーさんで落ち着くも、なぜか意気投合し4人で暮らす
父方だけで祖父母が4人います・・・
俺の爺さん、シベリアに抑留されてた。
ソ連兵から「この中で獣医はいるか?」って言われて、
獣医師だった爺さんが手挙げたら、
別室に連れて行かれるみたいでさすがに死を覚悟したらしい。
(一回呼び出されて、二度と還ってこなかったって日本兵が結構いたようだ)
そしたら、極寒で豚が凍死するから面倒を見てくれってことで、
爺さんだけ牢屋を抜けて、養豚場まで自由に移動できる資格が与えられた。
抑留されてる日本兵はもう空腹で疲弊しきって、死ぬ奴も珍しくなかったから、
爺さんが豚のえさを養豚場からパクってきて、分けてあげたらしい。
知識って身を助けるな〜って思った話だった。
99 :↓ネット右翼が一言 :2006/12/15(金) 18:36:17 ID:Ce4cm0/u0ソ連兵から「この中で獣医はいるか?」って言われて、
獣医師だった爺さんが手挙げたら、
別室に連れて行かれるみたいでさすがに死を覚悟したらしい。
(一回呼び出されて、二度と還ってこなかったって日本兵が結構いたようだ)
そしたら、極寒で豚が凍死するから面倒を見てくれってことで、
爺さんだけ牢屋を抜けて、養豚場まで自由に移動できる資格が与えられた。
抑留されてる日本兵はもう空腹で疲弊しきって、死ぬ奴も珍しくなかったから、
爺さんが豚のえさを養豚場からパクってきて、分けてあげたらしい。
知識って身を助けるな〜って思った話だった。
>>88
オレの爺さんの友達は床屋だったので抑留中は厚遇されたって。
散髪のお礼に露助から色々貰ったそうだ。
103 :未亡人 :2006/12/15(金) 18:49:45 ID:EIgCmKsw0オレの爺さんの友達は床屋だったので抑留中は厚遇されたって。
散髪のお礼に露助から色々貰ったそうだ。
>>99
それテレビでも見たなー
床屋やっててしかも腕がよかったから米兵に気に入られた人がいた
101 :無職は氏ね :2006/12/15(金) 18:43:32 ID:9+jSDqsy0それテレビでも見たなー
床屋やっててしかも腕がよかったから米兵に気に入られた人がいた
小2の時に曾じいさんの肩にある弾の傷跡を見せてもらったのをよく覚えてる
3年前に他界したけどな
104 :ニートだけど何か? :2006/12/15(金) 18:52:30 ID:201MGw1qO3年前に他界したけどな
うちのじいさんは満鉄職員でタイプライターのばあちゃんナンパして結婚
その後体調崩して帰国してしばらくで敗戦したらしい。
タイミングずれてたら地獄見たな
107 :最近風呂入ってないけど、 :2006/12/15(金) 18:57:03 ID:yki8u/OO0その後体調崩して帰国してしばらくで敗戦したらしい。
タイミングずれてたら地獄見たな
俺の祖父は徴兵検査を落ちた後満州でヒモみたいなことをやっていたらしい
そこで祖母をヤリ逃げして俺の母が生まれたという
祖母は引き上げの時の大変さは語ったが、祖父についてはほとんど語らない
おれも祖父には数回しか会ったことはない
実に不名誉な家系だ……
113 :番組の途中ですが名無しです :2006/12/15(金) 19:03:03 ID:mwzRLT010そこで祖母をヤリ逃げして俺の母が生まれたという
祖母は引き上げの時の大変さは語ったが、祖父についてはほとんど語らない
おれも祖父には数回しか会ったことはない
実に不名誉な家系だ……
結婚式のコピペはやくもってこいよカス共
15 :雷沼教授 ◆4abSJp6TCM :2006/12/15(金) 17:34:15 ID:BohsNhHqO↓結婚式で爺さんが大和の乗組員だと知って敬礼するコピペ
116 :番組の途中ですが名無しです :2006/12/15(金) 19:06:22 ID:mwzRLT010ある披露宴、新郎が海自の方でした。同僚上司達は制服で出席。
披露宴も御披楽喜に近づき、新郎のおじいさんの挨拶がありました。
一通りの祝いの言葉の後に、 自分が海軍にいた事。
孫が艦に乗っている事を誇りに思う事。
自分達の世代の不甲斐なさのせいで
今の海上勤務の方達には苦労を掛けていると思う事。
たとたどしくですが話されました。
同僚達は知らなかったらしく酔っ払っていたのが、
段々背筋が伸びていき神妙に聞き入っていました。
挨拶が終わり高砂の席の一人が「何に乗っておられたのだ」
と尋ねると、新郎は小声で「大和です」
それを聞いた海自組一同すっ転ぶような勢いで立ち上がり
直立不動で敬礼を送りました。
おじいさんも見事な答礼を返されました。
私はその後は仕事になりませんでした。
ウェイトレスの女の子達は不思議そうな顔をしておりましたが。
115 :番組の途中ですが名無しです :2006/12/15(金) 19:05:44 ID:oe6rKXWs0披露宴も御披楽喜に近づき、新郎のおじいさんの挨拶がありました。
一通りの祝いの言葉の後に、 自分が海軍にいた事。
孫が艦に乗っている事を誇りに思う事。
自分達の世代の不甲斐なさのせいで
今の海上勤務の方達には苦労を掛けていると思う事。
たとたどしくですが話されました。
同僚達は知らなかったらしく酔っ払っていたのが、
段々背筋が伸びていき神妙に聞き入っていました。
挨拶が終わり高砂の席の一人が「何に乗っておられたのだ」
と尋ねると、新郎は小声で「大和です」
それを聞いた海自組一同すっ転ぶような勢いで立ち上がり
直立不動で敬礼を送りました。
おじいさんも見事な答礼を返されました。
私はその後は仕事になりませんでした。
ウェイトレスの女の子達は不思議そうな顔をしておりましたが。
ウチの爺さんは徴兵されるのが嫌で、
検査の前日に左手の親指を故意に切り落としたらしい。
んで、検査終了後に切り落とした親指を三日三晩必死に固定してたら、
またくっ付いたって。
さすがに二度と曲げることは出来なかったそうだけど。
130 :優しい人が好きです :2006/12/15(金) 19:25:25 ID:8EiFNyza0検査の前日に左手の親指を故意に切り落としたらしい。
んで、検査終了後に切り落とした親指を三日三晩必死に固定してたら、
またくっ付いたって。
さすがに二度と曲げることは出来なかったそうだけど。
うちの爺様は乗ってた艦が3度とも沈められたって。
駆逐艦、重巡、戦艦の順だったらしいんだけどよく生きてたもんだ。
最後は乗る船がなくなってブーゲンビルで陸戦隊配属になって
撃墜された山本五十六の捜索にもあたったとか。
今でも家の倉庫にそのときの一式陸攻の鉄パイプみたいな部品があるよ。
131 :股関節学会 :2006/12/15(金) 19:25:51 ID:uXhGWmvb0駆逐艦、重巡、戦艦の順だったらしいんだけどよく生きてたもんだ。
最後は乗る船がなくなってブーゲンビルで陸戦隊配属になって
撃墜された山本五十六の捜索にもあたったとか。
今でも家の倉庫にそのときの一式陸攻の鉄パイプみたいな部品があるよ。
お祖母ちゃんの知っている人で、
戦争体験を一切喋らず死んでいったのが一人いるらしい。
激戦地で密林をさまよい、何を食べたかもわからないそうだ。
昭和五十年代に死んだそうだが、死に際に戦友が呼んでいると言ったそうだ。
祖母ちゃんが言うには、本当に辛い体験をすると喋れないものらしい。
祖母ちゃんの兄さんは激戦で敵味方一人だけ生き残ったらしい。
祖父ちゃんは戦後捕虜になったが、幸運にも激戦があった後に
その地に赴いて、まったくの無傷だったらしい。
戦争体験を喋る割合は祖父>祖母の兄>祖母の義弟の順番。w
132 :ここ壊れてます :2006/12/15(金) 19:25:58 ID:orEmwDsL0戦争体験を一切喋らず死んでいったのが一人いるらしい。
激戦地で密林をさまよい、何を食べたかもわからないそうだ。
昭和五十年代に死んだそうだが、死に際に戦友が呼んでいると言ったそうだ。
祖母ちゃんが言うには、本当に辛い体験をすると喋れないものらしい。
祖母ちゃんの兄さんは激戦で敵味方一人だけ生き残ったらしい。
祖父ちゃんは戦後捕虜になったが、幸運にも激戦があった後に
その地に赴いて、まったくの無傷だったらしい。
戦争体験を喋る割合は祖父>祖母の兄>祖母の義弟の順番。w
うちのじいちゃん、犬食ったんだよなぁ・・・
大戦末期、戦場に派遣される予定の若い兵士達が
「死ぬ前に一度でいいから肉を腹一杯食いたい」と
みんなで民家を廻って食料を求めてたらしい
その中のとある一軒で、50ぎた孤独な一人暮らしの男が
「お国の為じゃ、仕方あるまい」と自らの飼い犬を差し出すと言い出した
その犬は見知らぬ兵隊達を見て怯え、物陰に隠れ近寄ってこようとしない
だが、飼い主が犬の名を呼ぶと、犬は尻尾を振って出てきたではないか
男は兵士に鎖を預け「どうか、どうか悲鳴の届かぬ所で捌いてくれ」と言った
わけの分からぬまま飼い主と引き離され
兵士達に引き摺られ連れ去られて行く犬・・・
祖父は、「すまない、すまない、俺も必ずや国のため散るからな」と
何度も心の中で思い、その犬を喰ったらしい
だが、その直後に広島・長崎に原爆が落とされ敗戦したため
祖父が戦場に行く事は無かった
189 :番組の途中ですが名無しです :2006/12/15(金) 20:48:38 ID:T6m+YFpl0大戦末期、戦場に派遣される予定の若い兵士達が
「死ぬ前に一度でいいから肉を腹一杯食いたい」と
みんなで民家を廻って食料を求めてたらしい
その中のとある一軒で、50ぎた孤独な一人暮らしの男が
「お国の為じゃ、仕方あるまい」と自らの飼い犬を差し出すと言い出した
その犬は見知らぬ兵隊達を見て怯え、物陰に隠れ近寄ってこようとしない
だが、飼い主が犬の名を呼ぶと、犬は尻尾を振って出てきたではないか
男は兵士に鎖を預け「どうか、どうか悲鳴の届かぬ所で捌いてくれ」と言った
わけの分からぬまま飼い主と引き離され
兵士達に引き摺られ連れ去られて行く犬・・・
祖父は、「すまない、すまない、俺も必ずや国のため散るからな」と
何度も心の中で思い、その犬を喰ったらしい
だが、その直後に広島・長崎に原爆が落とされ敗戦したため
祖父が戦場に行く事は無かった
>>132
悲喜劇・・・
大局に翻弄された結果
終戦を知らずに身を隠し続けた人もそうだよね
167 :現地在住者 :2006/12/15(金) 20:10:05 ID:kK944AP80悲喜劇・・・
大局に翻弄された結果
終戦を知らずに身を隠し続けた人もそうだよね
7年前に亡くなった爺ちゃんは2度目の召集だったインパールから奇跡的に生還
漏れ資格ニート
どこまでつづくぬかるみぞ 資格白骨街道で脱落しそう
爺ちゃんスマン
172 :お腹に虫が湧いてます :2006/12/15(金) 20:19:04 ID:evbLhBTJ0漏れ資格ニート
どこまでつづくぬかるみぞ 資格白骨街道で脱落しそう
爺ちゃんスマン
>>167
漏れの叔父さんはインパで死んだと聞いてる。
中尉さんだったらしいんだが。
179 :外出できない名無しです :2006/12/15(金) 20:28:03 ID:CI2F13FQ0 ?2BP(86)漏れの叔父さんはインパで死んだと聞いてる。
中尉さんだったらしいんだが。
俺の爺さんは酒飲みで女好きだったらしい、しかし何時まで経っても召集されない
ついに婆ちゃんが切れて「この人連れてってください!」と言ったらしい
でもねこういうすっとこどっこいに限って帰って来ちゃうんだなぁ、
しかし片足を失い痩せ細った爺ちゃん、それを見て婆ちゃんは真昼間
恥じらいもせず抱きつき大声で泣いたらしい
188 :ダメ男が暴発 :2006/12/15(金) 20:48:20 ID:uXhGWmvb0ついに婆ちゃんが切れて「この人連れてってください!」と言ったらしい
でもねこういうすっとこどっこいに限って帰って来ちゃうんだなぁ、
しかし片足を失い痩せ細った爺ちゃん、それを見て婆ちゃんは真昼間
恥じらいもせず抱きつき大声で泣いたらしい
祖母ちゃんは震災にあったときに
半年居候だった学生さんが助けに来てくれたと話していたな。
戦後田舎に行くときに駅で
当時珍しい白米のおにぎりを振舞ってくれたと言っていた。
田舎で仲が良かった近所の若いお百姓さんが電車でお米を持ってきてくれたそうだ。
あと部屋を貸してくれと言われたので、貸してやった人が大工さんで、
その人が焼け野原にやってきて、そこらの材木で一軒家を建ててくれて、
建てたその日のうちに何も言わずに帰って行って、以来連絡も全くなかったそうだ。
恩義に厚い人が居たんだよな、そのころは。
193 :番組の途中ですが名無しです :2006/12/15(金) 20:52:23 ID:GMbXzH+g0半年居候だった学生さんが助けに来てくれたと話していたな。
戦後田舎に行くときに駅で
当時珍しい白米のおにぎりを振舞ってくれたと言っていた。
田舎で仲が良かった近所の若いお百姓さんが電車でお米を持ってきてくれたそうだ。
あと部屋を貸してくれと言われたので、貸してやった人が大工さんで、
その人が焼け野原にやってきて、そこらの材木で一軒家を建ててくれて、
建てたその日のうちに何も言わずに帰って行って、以来連絡も全くなかったそうだ。
恩義に厚い人が居たんだよな、そのころは。
家のバーちゃんはすげぇ
滅茶苦茶お嬢様で穏やかと言う言葉が服を着て歩いてるような人なのに
空爆があった時に親父、おじさん2人、隣の餓鬼2人、食料(梅干とか米とか)、
爺が大事にしてた壷、反物等を防空壕と家を3回往復して確保したらしい
結局家は燃えなくて全然大丈夫だったらしいんだが、
親父曰く「あれからお袋には頭が上がらん」だって
余談だけどその時ジジイは隣町(職場があった)の防空壕で
ガクガクブルブルしてただけだってさw
213 :番組の途中ですが名無しです :2006/12/15(金) 21:11:48 ID:xnjqlCfg0滅茶苦茶お嬢様で穏やかと言う言葉が服を着て歩いてるような人なのに
空爆があった時に親父、おじさん2人、隣の餓鬼2人、食料(梅干とか米とか)、
爺が大事にしてた壷、反物等を防空壕と家を3回往復して確保したらしい
結局家は燃えなくて全然大丈夫だったらしいんだが、
親父曰く「あれからお袋には頭が上がらん」だって
余談だけどその時ジジイは隣町(職場があった)の防空壕で
ガクガクブルブルしてただけだってさw
うちのじーちゃんは、零戦のパイロットでラバウルに配属されてた
撃墜スコアは32機だった
P-38とかF2AやF4Fを撃墜したらしい
でF6Fと戦って撃墜されたけどなんとか脱出できて
味方の駆逐艦に助けられた時は本当に命拾いしたって言ってた
217 :さわやか3組 :2006/12/15(金) 21:15:13 ID:yXd+nDhL0撃墜スコアは32機だった
P-38とかF2AやF4Fを撃墜したらしい
でF6Fと戦って撃墜されたけどなんとか脱出できて
味方の駆逐艦に助けられた時は本当に命拾いしたって言ってた
>>213
マジかよ?
あの伝説のパイロットの坂井三郎で、諸説はあるけど64機で
伝説の戦闘機乗りだから、32機って言うのは相当すごい数字なんじゃ
ないだろうか?
かっこいいな。
まぁ、ラバウル航空隊は本当に練度高かったし、開戦当初は世界でも
屈指の戦闘機隊だったから、さもありなん、ってところか。
225 :同定不能さん :2006/12/15(金) 21:24:04 ID:xnjqlCfg0マジかよ?
あの伝説のパイロットの坂井三郎で、諸説はあるけど64機で
伝説の戦闘機乗りだから、32機って言うのは相当すごい数字なんじゃ
ないだろうか?
かっこいいな。
まぁ、ラバウル航空隊は本当に練度高かったし、開戦当初は世界でも
屈指の戦闘機隊だったから、さもありなん、ってところか。
>>217
柄が血で黒ずんだ軍刀とか飛行服や隊の写真とかも見せてくれたし
本当だと思う
227 :ф 九十七式ヘタレリーマン ф :2006/12/15(金) 21:25:56 ID:yXd+nDhL0 ?PLT(10021)柄が血で黒ずんだ軍刀とか飛行服や隊の写真とかも見せてくれたし
本当だと思う
>>225
別に物的証拠は要らないよw
あの頃ラバウルに居たのなら、開戦初期の
零戦最強伝説の頃だ。
多分本当だろう。
まだ生きてるのか?
ラバウル撤退後はどこの戦線に放り込まれたんだ?
229 :同定不能さん :2006/12/15(金) 21:28:03 ID:xnjqlCfg0別に物的証拠は要らないよw
あの頃ラバウルに居たのなら、開戦初期の
零戦最強伝説の頃だ。
多分本当だろう。
まだ生きてるのか?
ラバウル撤退後はどこの戦線に放り込まれたんだ?
>>227
じーちゃんもう亡くなったんだよ
撤退後は台湾に配属されたって言ってた
ニートの俺をよく説教してくれたとてもいいじいちゃんだった
338 :お礼は三行以上でお願いします。 :2006/12/16(土) 08:44:46 ID:C7KD/6Pp0じーちゃんもう亡くなったんだよ
撤退後は台湾に配属されたって言ってた
ニートの俺をよく説教してくれたとてもいいじいちゃんだった
母方じいちゃん→一式陸攻乗り
父方じいちゃん→中島飛行機
親父→エアライン現場
カアチャン→エアライン本社事務
兄貴→空自
姉→エアライン現場(外資)
俺→エースコンバット好きのニート
190 :ニート代表 :2006/12/15(金) 20:50:00 ID:aYfqd0J90父方じいちゃん→中島飛行機
親父→エアライン現場
カアチャン→エアライン本社事務
兄貴→空自
姉→エアライン現場(外資)
俺→エースコンバット好きのニート
お前らのじじいは凄いけど
お前らには遺伝してないみたいだな
192 :仕事の途中ですがニュー速です :2006/12/15(金) 20:51:54 ID:pPBAfcNb0お前らには遺伝してないみたいだな
>>190
体の奥深くで眠ってるだけだ
216 :ここまで集計 :2006/12/15(金) 21:13:23 ID:uXhGWmvb0体の奥深くで眠ってるだけだ
チョンでも話がわかる人はいたみたいだ。
戦後揉め事があって祖父ちゃんとチョンが話し合って
互いに納得できる形で収めたことがあったと祖母ちゃんが言ってたな。
以来死ぬまで付き合ったそうだ。
218 :イケメン :2006/12/15(金) 21:17:50 ID:rRm9PQAe0戦後揉め事があって祖父ちゃんとチョンが話し合って
互いに納得できる形で収めたことがあったと祖母ちゃんが言ってたな。
以来死ぬまで付き合ったそうだ。
民国軍相手に戦ってたら手榴弾投げられて死を覚悟したけど不発で助かったと
中国が投げる手榴弾は2発に1発は不発だったらしい
花火してて中国製の安物の線香花火が全然火がつかなかったときに
笑い話として教えてくれた
226 :ここまで集計 :2006/12/15(金) 21:25:16 ID:uXhGWmvb0中国が投げる手榴弾は2発に1発は不発だったらしい
花火してて中国製の安物の線香花火が全然火がつかなかったときに
笑い話として教えてくれた
祖母ちゃんは震災と大空襲と戦後を生き抜いてきた。
祖母ちゃんは恥ずかしいことしてなきゃ人間は強いよと言ってる。
財産を狙っていた嫁と長男を叱り飛ばして次男のオヤジのところに来ているけど、
話し合いのときにじつに堂々としていたと叔父が感心していた。
病院は孫の俺が一緒に行くけど九十過ぎてまだ料理をしているし、散歩も行く。
近くに保育園があって、祖母ちゃんに園児たちが手を振ったりしている。
この間小学生の高学年の少女たちが、こんにちは、と挨拶していた。
凛として、子供好きで祖母ちゃんは懸命に生きてきた。
あと一年か、二年くらいだろうね、といっていた。
病気の独身の叔母さんが気がかりだそうだが、どうか寿命を全うしてくれることを。
祖母ちゃんにはその価値があると孫の俺は信じている。
さて、孫の俺はどうなるかな。w
祖父ちゃん祖母ちゃんの名に恥じない生き方ができるように努力するよ。
249 :番組の途中ですが名無しです :2006/12/15(金) 21:46:03 ID:zFVW+q2MO祖母ちゃんは恥ずかしいことしてなきゃ人間は強いよと言ってる。
財産を狙っていた嫁と長男を叱り飛ばして次男のオヤジのところに来ているけど、
話し合いのときにじつに堂々としていたと叔父が感心していた。
病院は孫の俺が一緒に行くけど九十過ぎてまだ料理をしているし、散歩も行く。
近くに保育園があって、祖母ちゃんに園児たちが手を振ったりしている。
この間小学生の高学年の少女たちが、こんにちは、と挨拶していた。
凛として、子供好きで祖母ちゃんは懸命に生きてきた。
あと一年か、二年くらいだろうね、といっていた。
病気の独身の叔母さんが気がかりだそうだが、どうか寿命を全うしてくれることを。
祖母ちゃんにはその価値があると孫の俺は信じている。
さて、孫の俺はどうなるかな。w
祖父ちゃん祖母ちゃんの名に恥じない生き方ができるように努力するよ。
うちのじいちゃんはシベリアに捕虜にされたにも関わらず
露助に将棋教えて指してたほど平和だ
ただし大晦日あたりに雪の中で解放というか
ほっぽりだされたのは困ったらしい。
帰りの船で食事出されたけどみんな酔ってて
じいちゃんはかなり食べれたんだが
食べても食べても腹が減った感じがしたとか。
食料難は何気に精神にかなり来るんだな。
299 :番組の途中ですが名無しです :2006/12/15(金) 23:18:10 ID:kIlaYEVB0露助に将棋教えて指してたほど平和だ
ただし大晦日あたりに雪の中で解放というか
ほっぽりだされたのは困ったらしい。
帰りの船で食事出されたけどみんな酔ってて
じいちゃんはかなり食べれたんだが
食べても食べても腹が減った感じがしたとか。
食料難は何気に精神にかなり来るんだな。
うちのじいちゃんは戦時中に足の親指吹き飛ばされたってよく言ってたな。
あと、軍馬に跨ったかっこいい写真が実家に飾ってあった。
あんまり話とかしなかったけど結構凄い人だったらしく、
葬式の時には物凄い数の人が参列していた。
じいちゃんの家では狭すぎるからってんででかい式場を借りて行った。
もっと色々と話を訊けばよかったと思う。
311 :どぶ :2006/12/16(土) 04:48:14 ID:Ck3YK/E/0あと、軍馬に跨ったかっこいい写真が実家に飾ってあった。
あんまり話とかしなかったけど結構凄い人だったらしく、
葬式の時には物凄い数の人が参列していた。
じいちゃんの家では狭すぎるからってんででかい式場を借りて行った。
もっと色々と話を訊けばよかったと思う。
母方
二度自分の乗った船が撃沈され、
二度とも木っ端にしがみついてなんとか陸まで泳いだと言ってた
しかし基本的にはあんまり話したがらなかったな、、
嫁さんと娘二人がバリバリの層化だから言いにくかったんだろうか
阪神大震災の時も二階から雨どいを伝って飛び出し、
家の崩壊に巻き込まれるのを逃れた素敵なじーさんでした。
従兄弟がかけつけたときには折れたガス管の横でタバコ吸ってたらしいがw
ほかにも俺に屁が燃えることを実演して見せてくれたりもしたなぁ、、、
7年前に他界
父方
体壊して戦争には行ってないらしいが、割とエリートだったようで。
いつもドイツ語?の本を読んでるか、洋モンのAV見てる。
いつも笑ってるほがらかなじーさんだが、
この前齢80にして「ちんこが立たんくなった・・・」と衝撃の告白
321 :友達になってくれませんか? :2006/12/16(土) 05:08:26 ID:A9VsfLtW0二度自分の乗った船が撃沈され、
二度とも木っ端にしがみついてなんとか陸まで泳いだと言ってた
しかし基本的にはあんまり話したがらなかったな、、
嫁さんと娘二人がバリバリの層化だから言いにくかったんだろうか
阪神大震災の時も二階から雨どいを伝って飛び出し、
家の崩壊に巻き込まれるのを逃れた素敵なじーさんでした。
従兄弟がかけつけたときには折れたガス管の横でタバコ吸ってたらしいがw
ほかにも俺に屁が燃えることを実演して見せてくれたりもしたなぁ、、、
7年前に他界
父方
体壊して戦争には行ってないらしいが、割とエリートだったようで。
いつもドイツ語?の本を読んでるか、洋モンのAV見てる。
いつも笑ってるほがらかなじーさんだが、
この前齢80にして「ちんこが立たんくなった・・・」と衝撃の告白
父方のお爺さんは40前の召集だったので飯炊きとかの類で
後ろのほうにいたらしく普通に行って普通に帰ってきたとか。
中学の国語の先生が(俺もオッサンだな)、満州の端っこのほうに行かされて
寒くて寒くてたまらんものの何もすることが無いし腹も減るしで
近くの畑に忍び込んではジャガイモなどを盗んでは食ってたら
戦争が終わってたとのこと。
英語の先生が特攻隊の生き残りで授業中に騒ぐヤンキーを
「戦争は嫌なもんだ。勉強できるってありがたい事だから・・・」と
語って一発で黙らせた。というか物音一つしないほどみんな黙った。
小学校の先生は腹が減ってたまらんので海に貝堀りに出かけたら
グラマンが撃ってきて逃げまくったと嬉しそうに語っていた。
味噌も醤油も無いのでワカメと貝を煮て食ったらまずかったとのこと。
親父は終戦後の小学校再建の為、生徒全員駆り出されたとのこと。
当たり前といえば当たり前だがお婆さんちで見つけた当時の召集兵用の
軍事教練の本に応急手当の仕方とか書いてあってなんとなく感心したなw
323 :被害者 :2006/12/16(土) 05:10:28 ID:dA5K3E4xO後ろのほうにいたらしく普通に行って普通に帰ってきたとか。
中学の国語の先生が(俺もオッサンだな)、満州の端っこのほうに行かされて
寒くて寒くてたまらんものの何もすることが無いし腹も減るしで
近くの畑に忍び込んではジャガイモなどを盗んでは食ってたら
戦争が終わってたとのこと。
英語の先生が特攻隊の生き残りで授業中に騒ぐヤンキーを
「戦争は嫌なもんだ。勉強できるってありがたい事だから・・・」と
語って一発で黙らせた。というか物音一つしないほどみんな黙った。
小学校の先生は腹が減ってたまらんので海に貝堀りに出かけたら
グラマンが撃ってきて逃げまくったと嬉しそうに語っていた。
味噌も醤油も無いのでワカメと貝を煮て食ったらまずかったとのこと。
親父は終戦後の小学校再建の為、生徒全員駆り出されたとのこと。
当たり前といえば当たり前だがお婆さんちで見つけた当時の召集兵用の
軍事教練の本に応急手当の仕方とか書いてあってなんとなく感心したなw
近所のじいちゃんが特攻隊だったらしい。離陸は上手かったが着陸が下手で
熱心に練習してたんだが上官に「別にできなくてもいいよ」と言われたんだそうな。
で、なんで今生きてるのかはわからん
330 :このスレは鬼女に監視されています :2006/12/16(土) 05:28:34 ID:ljk/W9jsO熱心に練習してたんだが上官に「別にできなくてもいいよ」と言われたんだそうな。
で、なんで今生きてるのかはわからん
おばあちゃんは日赤で海外第二師団と派兵されて六年間戦争に従事したらしい。
目の前でニヤニヤ笑いながら戦闘機で撃つ米兵や、現地の病院襲撃や、
リンチなど大変なめにあって、終戦後引き揚げたそうだ。
今風邪で寝てます、長生きしてほしい。
344 :番組の途中ですが名無しです :2006/12/16(土) 13:47:26 ID:cMEu9M9P0目の前でニヤニヤ笑いながら戦闘機で撃つ米兵や、現地の病院襲撃や、
リンチなど大変なめにあって、終戦後引き揚げたそうだ。
今風邪で寝てます、長生きしてほしい。
うちのじいちゃんは南京で少年兵を捕虜に取ったけど
麻雀を一緒にして遊んだりしたらしい。
最初は勝てたのにどんどん強くなっていった。
すごくかわいがって途中で逃がしてやった。
と嬉しそうにいってた。
あと土管かなんかから出たときに頭に爆弾が落ちたけど
不発弾だったので助かったともいってた。
本当かどうかは知らないw
345 :番組の途中ですが名無しです :2006/12/16(土) 15:00:46 ID:VzYa/oWx0麻雀を一緒にして遊んだりしたらしい。
最初は勝てたのにどんどん強くなっていった。
すごくかわいがって途中で逃がしてやった。
と嬉しそうにいってた。
あと土管かなんかから出たときに頭に爆弾が落ちたけど
不発弾だったので助かったともいってた。
本当かどうかは知らないw
>>344
あるある。不発弾で助かった話はよく聞く。でも良く生きてたな。
444 :ハナミズ誉め太郎 :2006/12/17(日) 00:04:41 ID:+BjuLg8v0あるある。不発弾で助かった話はよく聞く。でも良く生きてたな。
俺の爺さんは中韓よりもロシアを憎んでるんだ
アメリカには実力で負けて何も言い返せないがロシアは卑怯だと言ってた。
爺さんは中国へ遠征して、
水の入ったバケツから雑巾を取り出すと一瞬で凍りつくような所に行ってたらしい。
逆に原爆の話になると出てくる
アメリカを非難する―アメリカは卑怯だ―とする人もいる。
戦争はほとんどがその人の体験でできているから
一概にあれこれと言えるものではないんだと悟ったよ。
461 :↓恥ずかしい台詞禁止! :2006/12/17(日) 09:58:32 ID:Ex/wrwqO0アメリカには実力で負けて何も言い返せないがロシアは卑怯だと言ってた。
爺さんは中国へ遠征して、
水の入ったバケツから雑巾を取り出すと一瞬で凍りつくような所に行ってたらしい。
逆に原爆の話になると出てくる
アメリカを非難する―アメリカは卑怯だ―とする人もいる。
戦争はほとんどがその人の体験でできているから
一概にあれこれと言えるものではないんだと悟ったよ。
>>444
うちの爺さんは外人より
日系のアメリカ兵を死ぬほど憎んでた。あれは正真正銘のクズだって
捕虜収容所で何人もチクられて拷問されたってよ。
445 :予選敗退 :2006/12/17(日) 00:09:37 ID:w1v2B52S0うちの爺さんは外人より
日系のアメリカ兵を死ぬほど憎んでた。あれは正真正銘のクズだって
捕虜収容所で何人もチクられて拷問されたってよ。
父方の爺ちゃん海軍で大和に乗ってたとか言ってたけどその頃小学生だったんで
詳しく話を聞かなかった。スマトラにいたとかも言ってた。
名称聞かなかったけど船に乗ってた時に尻を撃たれたそうだ。
一緒にフロ入ると尻ぺたにいくつも(5個以上あった)穴があいてた。
父ちゃんならいろいろ知ってるんだろうけどほとんど話しないからなぁ。
聞いておかないと伝える人が居なくなってしまう。
爺ちゃん手記でも残してくれればよかったのになぁ。
459 :婦人部@山形県 :2006/12/17(日) 09:07:41 ID:IlKi6lXZ0詳しく話を聞かなかった。スマトラにいたとかも言ってた。
名称聞かなかったけど船に乗ってた時に尻を撃たれたそうだ。
一緒にフロ入ると尻ぺたにいくつも(5個以上あった)穴があいてた。
父ちゃんならいろいろ知ってるんだろうけどほとんど話しないからなぁ。
聞いておかないと伝える人が居なくなってしまう。
爺ちゃん手記でも残してくれればよかったのになぁ。
うちの親父が嘘を付いてなければ小さい頃
空襲警報を無視して田圃で遊んでいたら
やってきた戦闘機に撃ち殺されそうになったらしい。
そのとき近くにあった馬小屋にいた馬が全部機銃で殺されたとも言ってたな...
下手したら俺は生まれてなかったわけだが...(;・∀・)
467 :タウンミーティングに出た名無しです :2006/12/17(日) 11:03:02 ID:3F6uqdSq0空襲警報を無視して田圃で遊んでいたら
やってきた戦闘機に撃ち殺されそうになったらしい。
そのとき近くにあった馬小屋にいた馬が全部機銃で殺されたとも言ってたな...
下手したら俺は生まれてなかったわけだが...(;・∀・)
そういえば祖父が満州にいっていたが、その体験は一度も話さず死んじゃったな
むしろ戦後のほうが大変だったようなので仕方ないか
それに比べると祖母は東京の大空襲のときのど真ん中にいたらしく
ちーと間違えたらこの世にはいなかった。それはいいのか不幸なのかわからんが
469 :ネクロフィリア :2006/12/17(日) 11:14:58 ID:J0Kyk9DR0むしろ戦後のほうが大変だったようなので仕方ないか
それに比べると祖母は東京の大空襲のときのど真ん中にいたらしく
ちーと間違えたらこの世にはいなかった。それはいいのか不幸なのかわからんが
ばーちゃんド田舎だったけど
ちっこい戦闘機に襲われたって言ってた。
ど田舎までくるもんかねと半信半疑だったが
NHKの番組でやってた戦闘機のガンカメラの映像で
田舎の家だの漁船だの人打ってたのを見てマジだと確信した。
ばあちゃん疑ってごめん。
484 :以下Live2chとjane厨の戦い :2006/12/18(月) 05:55:01 ID:K2VJ1lxp0ちっこい戦闘機に襲われたって言ってた。
ど田舎までくるもんかねと半信半疑だったが
NHKの番組でやってた戦闘機のガンカメラの映像で
田舎の家だの漁船だの人打ってたのを見てマジだと確信した。
ばあちゃん疑ってごめん。
俺の爺ちゃんは空母で士官やってたらしい。
詳しくは話したがらないので詳細は謎だが。
で曾爺さんは戦車長をやってて戦死したんだそうな。
タンスの中から、遺品の軍服の端切れが出てきた。
で、爺さんの兄弟に、零戦乗りが居たんだけど、
自称撃墜王で、大酒飲みの、豪快な人だったみたい。
飲みながら出撃して、相手のエースパイロット?を
落として帰ってきたことがあるとかないとか。
自称撃墜数が年を追うごとに増えていって、
晩年は300機落したことになってたみたい。
残念ながら俺が生まれるころには、御健在ではなかったんだけど、
父が話す分には「凄い親父」だったんだそうな。
488 :アメリカかぶれ :2006/12/18(月) 07:06:35 ID:TfT/Q1Py0詳しくは話したがらないので詳細は謎だが。
で曾爺さんは戦車長をやってて戦死したんだそうな。
タンスの中から、遺品の軍服の端切れが出てきた。
で、爺さんの兄弟に、零戦乗りが居たんだけど、
自称撃墜王で、大酒飲みの、豪快な人だったみたい。
飲みながら出撃して、相手のエースパイロット?を
落として帰ってきたことがあるとかないとか。
自称撃墜数が年を追うごとに増えていって、
晩年は300機落したことになってたみたい。
残念ながら俺が生まれるころには、御健在ではなかったんだけど、
父が話す分には「凄い親父」だったんだそうな。
>>484
赤松貞明さんですか?
> 自称撃墜王で、大酒飲みの、豪快な人
493 :西郷隆盛 :2006/12/18(月) 07:36:25 ID:K2VJ1lxp0赤松貞明さんですか?
> 自称撃墜王で、大酒飲みの、豪快な人
>>488
その方ですよ。
残念ながら私は会うことが出来ませんでしたが……。
497 :DV夫 :2006/12/18(月) 13:12:57 ID:5yP0/ox5Oその方ですよ。
残念ながら私は会うことが出来ませんでしたが……。
>>493
すごいエースパイロットがお祖父さんの御兄弟なんですな。
遺品などは大変貴重ですね。
495 :チーかま温泉出身です :2006/12/18(月) 13:09:08 ID:hg5wK9q50すごいエースパイロットがお祖父さんの御兄弟なんですな。
遺品などは大変貴重ですね。
じいちゃんのうちの物置から10年以上前に不発弾が見つかって大騒ぎになった。
新聞にも載った。
ばあちゃんがそのうち使えると思ってとっておいたらしい。
500 :名無し歌舞伎俳優 :2006/12/18(月) 14:16:31 ID:9b2FbkMV0新聞にも載った。
ばあちゃんがそのうち使えると思ってとっておいたらしい。
>>495
地元でも時々鉄くずに不発弾入っていてびびらせてくれるが
そのような物持ちのいい人が原因だなw
地元にも戦争遺跡が腐るほどあったが、大部分は住宅地とか
危険性のためほんの十年の間でつぶされちゃった。
たまにB29かゼロ戦の一部の部品持っている奴いるらしいが
この時代では危ないかもね
518 :自称UFO研究家@新潟県 :2006/12/18(月) 15:19:54 ID:ews9hMY50地元でも時々鉄くずに不発弾入っていてびびらせてくれるが
そのような物持ちのいい人が原因だなw
地元にも戦争遺跡が腐るほどあったが、大部分は住宅地とか
危険性のためほんの十年の間でつぶされちゃった。
たまにB29かゼロ戦の一部の部品持っている奴いるらしいが
この時代では危ないかもね
10年前の、終戦50周年記念のNHKスペシャルはすごかった。
宮沢総理、ブッシュパパ大統領ほか、当時の首脳も出演して
戦争の体験談を語る大作で、
中でもすごかったのが、真珠湾攻撃に参加した元兵士の体験談。
たった50年前のことだけど、俺みたいな戦後生まれからしたら、
学校で習う歴史上の出来事。
桶狭間とか関が原とか日露戦争とかと同じイメージ。
なのにこの老人は爆撃機に乗って、あの真珠湾に出撃したんだって、
そういう人がまだいるんだって当たり前のことなんだけどひどくビックリし、
また新鮮に感じた。爆弾を投下したとき、
長年の訓練がこの瞬間のためにあったんだって思って、
機体が軽くなって浮きあがる以上に空に舞い登ったように感じたとか、
こんな名誉なことはない、武人として今でも誇りに思っているといって、
まるでタイムマシンでサムライをみたような印象を受けた。
この人たちを、「罪びと」には、絶対しない。孫の代のおれが、ぜったいにしない。
526 :苛められっ子 :2006/12/18(月) 15:56:27 ID:C5ixUyY8O宮沢総理、ブッシュパパ大統領ほか、当時の首脳も出演して
戦争の体験談を語る大作で、
中でもすごかったのが、真珠湾攻撃に参加した元兵士の体験談。
たった50年前のことだけど、俺みたいな戦後生まれからしたら、
学校で習う歴史上の出来事。
桶狭間とか関が原とか日露戦争とかと同じイメージ。
なのにこの老人は爆撃機に乗って、あの真珠湾に出撃したんだって、
そういう人がまだいるんだって当たり前のことなんだけどひどくビックリし、
また新鮮に感じた。爆弾を投下したとき、
長年の訓練がこの瞬間のためにあったんだって思って、
機体が軽くなって浮きあがる以上に空に舞い登ったように感じたとか、
こんな名誉なことはない、武人として今でも誇りに思っているといって、
まるでタイムマシンでサムライをみたような印象を受けた。
この人たちを、「罪びと」には、絶対しない。孫の代のおれが、ぜったいにしない。
3回船沈められて3回助かったらしい。周りは力尽きてどんどん沈んでいったとか・・・
爆風で海に投げ出されて気がついたらどこかの浜辺だったとか、
どんだけ不死身なんだよ爺さん
636 :KGB :2006/12/19(火) 03:07:40 ID:EnmUvpv50爆風で海に投げ出されて気がついたらどこかの浜辺だったとか、
どんだけ不死身なんだよ爺さん
俺のじいちゃんはもう死んだけど、戦争のことは聞いても教えてくれなかったな
南方に行ってたってことと、機械とかの修理が得意ってことくらいしか教えてくれなくて
俺が戦争のこと聞いても、「お菓子食べんか?」とか言って話をはぐらかしてたな。
俺も小さかったから、お菓子食べて話忘れちゃうし。
でも、こんなおじいちゃんっ子の俺には全然教えてくれなかったのに、
病院の看護婦さんには色々話して自慢とかもしてたらしい・・・酷いよじいちゃん・・・
637 :ф 九十七式ヘタレリーマン ф :2006/12/19(火) 03:19:39 ID:IBv7cOkJ0 ?PLT(10029)南方に行ってたってことと、機械とかの修理が得意ってことくらいしか教えてくれなくて
俺が戦争のこと聞いても、「お菓子食べんか?」とか言って話をはぐらかしてたな。
俺も小さかったから、お菓子食べて話忘れちゃうし。
でも、こんなおじいちゃんっ子の俺には全然教えてくれなかったのに、
病院の看護婦さんには色々話して自慢とかもしてたらしい・・・酷いよじいちゃん・・・
>>636
そりゃあそうだろう
戦後の反日・祖先否定教育を受けた孫から、自分の青春時代に
ついて聞かれて、素直に話したとして、ジジィ人殺しとか言われて、
体を張って戦った経験を否定されてみ?
怖くて話せないよ。。。。。
641 :KGB :2006/12/19(火) 03:33:36 ID:EnmUvpv50そりゃあそうだろう
戦後の反日・祖先否定教育を受けた孫から、自分の青春時代に
ついて聞かれて、素直に話したとして、ジジィ人殺しとか言われて、
体を張って戦った経験を否定されてみ?
怖くて話せないよ。。。。。
>>637
俺はじいちゃん大好きで、そんなこと言うつもりなんてなかったんだけどね・・・
やっぱり否定されると思ったんだろうか・・・
644 :ф 九十七式ヘタレリーマン ф :2006/12/19(火) 03:41:33 ID:IBv7cOkJ0 ?PLT(10029)俺はじいちゃん大好きで、そんなこと言うつもりなんてなかったんだけどね・・・
やっぱり否定されると思ったんだろうか・・・
>>641
万が一にも否定されたら辛いだろう。。。。
そんなリスクは負えないだろう。
大好きな孫だったら、なお更だ(´・ω・`)
486 :新聞配達員 :2006/12/18(月) 06:56:52 ID:AIB/WOBKO万が一にも否定されたら辛いだろう。。。。
そんなリスクは負えないだろう。
大好きな孫だったら、なお更だ(´・ω・`)
俺のじいちゃんは中国で死んだ
出兵する日にぼたもちを食べたいと言ったので
婆ちゃんが材料を近所からかき集めて作ったそうだ
出来上がって持って行ったら既に軍馬に跨がっており
もう遅いと言って持って言ったそうだ
その後手紙が来て便所で隠れて食べたと記されてたそうだ
婆ちゃんは床に臥せってからもじいちゃんの遺骨を捜しに行きたいと行ってた
愛って長続きするものだな
出兵する日にぼたもちを食べたいと言ったので
婆ちゃんが材料を近所からかき集めて作ったそうだ
出来上がって持って行ったら既に軍馬に跨がっており
もう遅いと言って持って言ったそうだ
その後手紙が来て便所で隠れて食べたと記されてたそうだ
婆ちゃんは床に臥せってからもじいちゃんの遺骨を捜しに行きたいと行ってた
愛って長続きするものだな
guideline at 10:49│Comments(163)|編集
この記事へのコメント
※1. Posted by 2006年12月19日 10:52
1!
※2. Posted by 2006年12月19日 10:52
2!
※3. Posted by 2006年12月19日 10:53
3?
※4. Posted by 2006年12月19日 10:55
じいちゃん・・・・
※5. Posted by 2006年12月19日 10:59
ちょっと映画館いってくる
※6. Posted by 2006年12月19日 11:00
知り合いの爺さんが長崎に住んでたんだが
当時原爆の爆心地に向かうところで、電車が遅れたせいで爆心地から比較的遠いところで済んだそうだ
九死に一生というかなんというか・・・
当時原爆の爆心地に向かうところで、電車が遅れたせいで爆心地から比較的遠いところで済んだそうだ
九死に一生というかなんというか・・・
※7. Posted by k 2006年12月19日 11:06
ないた・・・
※8. Posted by 2006年12月19日 11:07
うちのじいちゃんは
「機関銃撃ったけど、全部はずれたよ」
ってものすごく現実的なこと言ってた
「機関銃撃ったけど、全部はずれたよ」
ってものすごく現実的なこと言ってた
※9. Posted by 2006年12月19日 11:12
うちのじっちゃもアメ公や中韓より露助嫌いだったな。
まあ元々北海道のとこに土地もって暮らしてただけに
被害も半端じゃなかった。
まあ元々北海道のとこに土地もって暮らしてただけに
被害も半端じゃなかった。
※10. Posted by 2006年12月19日 11:13
こういうのはいい
※11. Posted by 2006年12月19日 11:14
うちのじいさんは伝達みたいのだったらしく
寝室には沢山表彰状みたいなのが飾ってあった
そして足の指2本は無かった
高校に上がって初めて詳しいことを聞いたが衝撃的だった
「手じゃないだけありがたい」と言っていた…
じいちゃん(´;ω;`)ウッ
寝室には沢山表彰状みたいなのが飾ってあった
そして足の指2本は無かった
高校に上がって初めて詳しいことを聞いたが衝撃的だった
「手じゃないだけありがたい」と言っていた…
じいちゃん(´;ω;`)ウッ
※12. Posted by ヽ( ゚∀゚)ノ 2006年12月19日 11:15
感動した・・・
※13. Posted by 2006年12月19日 11:18
うちの爺ちゃん、鬼軍曹で有名だったらしい。
「○○に一人の鬼がおる」って感じで。
勲章がこれでもかと部屋に飾ってたし。
沈みかけた民間船の乗員を泳いで何人も救ったことがある、とか。
マジで怖かったけど、尊敬と畏怖の対象だったな。
鬼籍に入って20年になるけど…
正月帰省ついでに墓参りしよう、今年も。
正月と盆くらいしか帰省できないし。
「○○に一人の鬼がおる」って感じで。
勲章がこれでもかと部屋に飾ってたし。
沈みかけた民間船の乗員を泳いで何人も救ったことがある、とか。
マジで怖かったけど、尊敬と畏怖の対象だったな。
鬼籍に入って20年になるけど…
正月帰省ついでに墓参りしよう、今年も。
正月と盆くらいしか帰省できないし。
※14. Posted by 2006年12月19日 11:19
俺のじいちゃんは戦争から生きて帰って来たけど、終戦直後に共産党の小作人やら学校教師やらに「土地を持っているから」という理由でリンチされて殺されかけたらしい。
この話を聞いて以来教師と百姓と共産党が死ぬほど嫌いになりました。
この話を聞いて以来教師と百姓と共産党が死ぬほど嫌いになりました。
※15. Posted by 2006年12月19日 11:23
うちの爺ちゃんは騎兵隊に配属されたとか言ってたなぁ。
終戦間近に召集されて戦場に出る前に終わったとか何とか。
何とも寂しい戦争体験しか話してくれません。
終戦間近に召集されて戦場に出る前に終わったとか何とか。
何とも寂しい戦争体験しか話してくれません。
※16. Posted by 2006年12月19日 11:30
※14
今でも、クソ教師の中には「貴様らの祖父は犯罪者だ戦争犯罪人だ貴様らもその子孫だ自己批判しろクズども」って言ってるカスはいるよ。
だいたいが日教組の手先だが。
今でも、クソ教師の中には「貴様らの祖父は犯罪者だ戦争犯罪人だ貴様らもその子孫だ自己批判しろクズども」って言ってるカスはいるよ。
だいたいが日教組の手先だが。
※17. Posted by 2006年12月19日 11:36
戦前戦中世代がラストサムライ
団塊死ね
団塊死ね
※18. Posted by 2006年12月19日 11:39
※16
当時の軍部を批判するのは当然だけど、市民を否定する奴は許せんな。
日教組はマジでキチガイ朝鮮人の集まり。
当時の軍部を批判するのは当然だけど、市民を否定する奴は許せんな。
日教組はマジでキチガイ朝鮮人の集まり。
※19. Posted by 2006年12月19日 12:07
じいちゃんの墓参りでも行ってくるかな・・・
※20. Posted by 2006年12月19日 12:27
正月実家に帰ったら親父にじいちゃんのこととか聞いてみよう
※21. Posted by 2006年12月19日 12:31
隙間で九死に一生を得たのってウチの爺ちゃんだけじゃないのか。耳元掠めたらしく、傷が残ってた。
※22. Posted by ニョー 2006年12月19日 12:33
自分の爺さんの話ではないけど
シベリアに抑留されてた時、たった一個の缶詰を50人で分けて食べるために
湯で50倍に薄めて溶かして分け合ったらしい。
勿論味なんかする訳ないんだけど味がしたそうな・・・・
シベリアに抑留されてた時、たった一個の缶詰を50人で分けて食べるために
湯で50倍に薄めて溶かして分け合ったらしい。
勿論味なんかする訳ないんだけど味がしたそうな・・・・
※23. Posted by あ 2006年12月19日 12:43
祖父は14の時には母父、兄2人、姉2人、妹1人はもう皆死んだ
そして17歳位の時に特別攻撃隊とか呼ばれるのになってたらしく戦争が始まるまで、ずっと体調が良くなくて出遅れたみたい。
それが良かったのか出撃の手前で戦争が終了した。
本人は死んでもいいから行きたかったみたいだけど。いま80超えてるが、元気杉てなんども死にかけてる。
そして17歳位の時に特別攻撃隊とか呼ばれるのになってたらしく戦争が始まるまで、ずっと体調が良くなくて出遅れたみたい。
それが良かったのか出撃の手前で戦争が終了した。
本人は死んでもいいから行きたかったみたいだけど。いま80超えてるが、元気杉てなんども死にかけてる。
※24. Posted by 2006年12月19日 12:47
※22
ウチのじーさんは、シベリアで金歯とか溶かして
スプーンつくってたらしい。
ウチのじーさんは、シベリアで金歯とか溶かして
スプーンつくってたらしい。
※25. Posted by 2006年12月19日 13:01
うちのお爺ちゃんも中国に行ってたって。
どのお爺ちゃんもお婆ちゃんも、壮絶な時代によく生き残ったよな…
どのお爺ちゃんもお婆ちゃんも、壮絶な時代によく生き残ったよな…
※26. Posted by 2006年12月19日 13:18
俺のじいちゃんは長崎で無線関係に配属されてたらしい。
もちろん8月9日も仕事があった。
でもその日たまたま子供(俺の親父)が風邪引いて仕事休むことになった。
家から職場までは6、7kmぐらい離れてた。
そしてその日職場は跡形もなく無くなったらしい。
もちろん8月9日も仕事があった。
でもその日たまたま子供(俺の親父)が風邪引いて仕事休むことになった。
家から職場までは6、7kmぐらい離れてた。
そしてその日職場は跡形もなく無くなったらしい。
※27. Posted by 加々美 2006年12月19日 13:22
これは良スレですね
※28. Posted by 2006年12月19日 13:26
こういうのはもっと若い連中に伝えてくべきだよな。
※29. Posted by 2006年12月19日 13:27
原爆のきのこ雲がはっきり見えたって言ってた。
場所は山口県岩国市。爆心地から50キロぐらいか。
場所は山口県岩国市。爆心地から50キロぐらいか。
※30. Posted by 2006年12月19日 13:28
新ジャンル「じいちゃん」
※31. Posted by 2006年12月19日 13:38
1の名前欄で吹いた
※32. Posted by 2006年12月19日 13:39
爺ちゃん戦争に行きたくないから勉強して医学部入って在学中に終戦したらしい
※33. Posted by 2006年12月19日 14:00
曾じいちゃんが陸軍です。
当時の総理大臣である東条英機だったかな?からもらった勲章となんかすごい紙がある。すげえよ三郎
写真見たけど俺ににてないなー
当時の総理大臣である東条英機だったかな?からもらった勲章となんかすごい紙がある。すげえよ三郎
写真見たけど俺ににてないなー
※34. Posted by 2006年12月19日 14:02
爺ちゃんの腕の銃創見せてもらったことあるなぁ…。
戦争の話はそれぐらいしかしたことないけど。
南方行ったっぽ。
戦争の話はそれぐらいしかしたことないけど。
南方行ったっぽ。
※35. Posted by キモブス死ね 2006年12月19日 14:07
>>38みたいな事言いたがる奴は大抵オタ女なんだよな。
ナヨナヨしてるのも陰険で卑怯なのも全てオタ女だっつーのに。
ナヨナヨしてるのも陰険で卑怯なのも全てオタ女だっつーのに。
※36. Posted by ななり 2006年12月19日 14:21
現実は小説より奇なり
隙間にいて助かったって爺ちゃんの話が多いのは隙間にいなかったら死んでたって事で爺ちゃんが死んでたらスレに書き込む孫もいない訳だよな
あ〜爺ちゃんと話ししたくなってきた
今年の正月は実家に帰ろう。
隙間にいて助かったって爺ちゃんの話が多いのは隙間にいなかったら死んでたって事で爺ちゃんが死んでたらスレに書き込む孫もいない訳だよな
あ〜爺ちゃんと話ししたくなってきた
今年の正月は実家に帰ろう。
※37. Posted by 2006年12月19日 14:22
>>86
江田島平八の孫乙
江田島平八の孫乙
※38. Posted by 2006年12月19日 14:24
うちのじーちゃんは千島列島で戦死したと聞いた
もうばーちゃんも亡くなったので、もう詳しくは分からん
もうばーちゃんも亡くなったので、もう詳しくは分からん
※39. Posted by 2006年12月19日 14:28
うちのじいちゃんは横浜にある氷川丸って船に乗って帰国したらしい
※40. Posted by 最終性器 2006年12月19日 14:37
お爺ちゃんの言うことってやけに大袈裟だけど、信じてあげような。
うちも刀一本で何人も殺したって言ってて
信じなかたっけど、死んでから
血錆でボロボロの軍刀と手帳みたいのに書かれた日記が出てきたよ。
しかも県外から戦友がきて、お爺ちゃんが英雄だったって話してくれたよ。
お爺ちゃん信じてあげなくてごめんね。
※41. Posted by a 2006年12月19日 14:47
素直に言えばいいのに。
戦争はしたくなかったけど逆らうと殺されるから
仕方なく人を殺したってな。
戦争はしたくなかったけど逆らうと殺されるから
仕方なく人を殺したってな。
※42. Posted by 2006年12月19日 14:47
父方のじぃちゃんは一個小隊の将軍のお付きだったらしい。。
身の回りの世話をしてたらしいから、車運転したり、風呂焚いたり、その人が飼った犬の世話したり、時には毒味もしたって(江戸時代?)
お下がりのブーツやらなんやらをよく貰ってたし、食い物もほとんど同じだから一般兵よりはいい暮らししてたとか…。
たまたまの環境でえらい違うことになるんだな。
※43. Posted by 2006年12月19日 14:51
田舎のじっちゃんがナタ投げてグラマンを落としたって言い張ってた
ばっちゃんに聞いたら
「大方、操縦が下手で墜落でもしたんじゃないかねぇ?でも、あの人は鉈投げて鹿獲ってるからねぇ、飛行機に当たってもおかしくはないのよねぇ・・・まあ、そういう事にしておこうかしらねぇ。」
尚、この時のじっちゃんは鼻水たらしたクソガキだったので徴兵はされなかったと
ばっちゃんに聞いたら
「大方、操縦が下手で墜落でもしたんじゃないかねぇ?でも、あの人は鉈投げて鹿獲ってるからねぇ、飛行機に当たってもおかしくはないのよねぇ・・・まあ、そういう事にしておこうかしらねぇ。」
尚、この時のじっちゃんは鼻水たらしたクソガキだったので徴兵はされなかったと
※44. Posted by ^^ 2006年12月19日 14:54
うちのひいじいちゃんはフィリピンに行って来たらしい
よく生きて帰ってきたな・・・
よく生きて帰ってきたな・・・
※45. Posted by 2006年12月19日 14:56
母方のじぃちゃんはドンパチやるのがどうしてもイヤで通信に回ったって言ってた。
通信小屋の近くに手榴弾が落ちた時があって左耳の鼓膜が破れたそうだ。実際左耳が聞こえてないんだよね。
寝床に表彰の垂れ幕?見たいな物が飾ってあって、若い頃の顔写真が付いてたんだけど、自分の顔とよく似てるんだよな…。
通信小屋の近くに手榴弾が落ちた時があって左耳の鼓膜が破れたそうだ。実際左耳が聞こえてないんだよね。
寝床に表彰の垂れ幕?見たいな物が飾ってあって、若い頃の顔写真が付いてたんだけど、自分の顔とよく似てるんだよな…。
※46. Posted by 2006年12月19日 14:58
ホップ!ステップ!玉砕!の精神で参りたいと思います
※47. Posted by 2006年12月19日 15:00
※41は日教組に毒されたゆとり世代。
死ね。
氏ねじゃなく死ね。
死ね。
氏ねじゃなく死ね。
※48. Posted by 2006年12月19日 15:13
ウチのじいちゃんもシベリアに行ってたって言ってたな。
敵兵の撃った弾が味方のヘルメットにあたって角度を変えて
色々なところにとんできてめちゃ恐かったって言ってた。
頑固者のじいちゃん今は心臓にペースメーカーいれてる。
戦争のせいかは分からんけど見ててすごくかわいそうに思った。
長生きしてくれ
敵兵の撃った弾が味方のヘルメットにあたって角度を変えて
色々なところにとんできてめちゃ恐かったって言ってた。
頑固者のじいちゃん今は心臓にペースメーカーいれてる。
戦争のせいかは分からんけど見ててすごくかわいそうに思った。
長生きしてくれ
※49. Posted by 2006年12月19日 15:37
いつも何気に凄い人物の孫がいたりするんだよなこういうスレ
※50. Posted by 2006年12月19日 15:56
母方の祖父、御年88。
通信兵として南方へ。
本土に一人呼び戻された後、自分の
元いた部隊の全滅を知る。
父方の祖父、御年80。
戦地には行ってない。
空襲警報で防空壕に入ろうとするもあと一人しか入れない。
女子供を先に入れたため入れず、近くで身を伏せた。
入れなかった防空壕に直撃があり目の前で防空壕に入った人が散る。
もし祖父が防空壕に入っていたらオレはいない。
通信兵として南方へ。
本土に一人呼び戻された後、自分の
元いた部隊の全滅を知る。
父方の祖父、御年80。
戦地には行ってない。
空襲警報で防空壕に入ろうとするもあと一人しか入れない。
女子供を先に入れたため入れず、近くで身を伏せた。
入れなかった防空壕に直撃があり目の前で防空壕に入った人が散る。
もし祖父が防空壕に入っていたらオレはいない。
※51. Posted by 報われぬ懺悔 2006年12月19日 16:51
俺の爺さんは戦地へは行かず、ある場所で訓練しただけだったらしい。何の所属かまでは話してくれなかったが・・・
もしも航空隊だったら生まれてなかったのかもな・・・俺・・・
そんな爺さんを嫌っていて、最後まで愛されるべき孫になれず・・・今年・・・他界・・・・し・・た・・
もしも航空隊だったら生まれてなかったのかもな・・・俺・・・
そんな爺さんを嫌っていて、最後まで愛されるべき孫になれず・・・今年・・・他界・・・・し・・た・・
※52. Posted by 2006年12月19日 16:58
ウチの爺ちゃんは戦艦乗り。
兵学校にいたんだが、
背が低かったんで落とされて
満州で商売していたらしい。
そのうち戦況がヤバくなって徴兵されて、
伝令をやってた。
戦友の手足が飛び散って雨みたいに降る中を走り抜けてたって。
結局、停泊中に戦艦が沈められ、泳いで帰って来た。
今でも
「武蔵はええ艦じゃった。大和なんか比べものにならん」
ってよく言ってる。(護衛艦の1隻に乗ってた)。
海軍よくわかんねえ俺が巡洋艦っていうと、
「何言うとる。○○は戦艦じゃ」
って怒られたなあ。
90前にして健在。
もう生きるのに飽きた、っつってるけど、
俺のために長生きして欲しいよ。
兵学校にいたんだが、
背が低かったんで落とされて
満州で商売していたらしい。
そのうち戦況がヤバくなって徴兵されて、
伝令をやってた。
戦友の手足が飛び散って雨みたいに降る中を走り抜けてたって。
結局、停泊中に戦艦が沈められ、泳いで帰って来た。
今でも
「武蔵はええ艦じゃった。大和なんか比べものにならん」
ってよく言ってる。(護衛艦の1隻に乗ってた)。
海軍よくわかんねえ俺が巡洋艦っていうと、
「何言うとる。○○は戦艦じゃ」
って怒られたなあ。
90前にして健在。
もう生きるのに飽きた、っつってるけど、
俺のために長生きして欲しいよ。
※53. Posted by 足が痛い 2006年12月19日 17:36
いいスレだ・・・゚・。・(ノд`)・゚・。
ジーチャン、バーチャン、
スゲエヨ。。。
ジーチャン、バーチャン、
スゲエヨ。。。
※54. Posted by 2006年12月19日 17:36
※29
光も感じたそうだよな
カメラのフラッシュみたいな感じでピカッって。
光も感じたそうだよな
カメラのフラッシュみたいな感じでピカッって。
※55. Posted by 2006年12月19日 17:36
おばあちゃんのお兄さんが神風特攻隊だったらしい。
出撃したけど燃料が足りなくなったらしく帰ってきたとか。
一緒に出撃した人は帰ってこなかったと・・・
その三日後終戦だったとか。
母方も父方もおじいさんは両親が幼いころに死んだらしく、話を聞けないなぁ・・・
出撃したけど燃料が足りなくなったらしく帰ってきたとか。
一緒に出撃した人は帰ってこなかったと・・・
その三日後終戦だったとか。
母方も父方もおじいさんは両親が幼いころに死んだらしく、話を聞けないなぁ・・・
※56. Posted by 2006年12月19日 17:51
戦争の体験談じゃなくて申し訳ないが。
日本最北の宗谷岬に石碑があって
「みなさんこれが最後です
さようなら さようなら さようなら」
うろ覚えだがこんな碑文があったんだ。
水野晴朗みたいだと思って笑ったら親父にめちゃくちゃ怒られた。
前線に最後まで残った女性通信士達の最後の通信文だったそうな。
日本最北の宗谷岬に石碑があって
「みなさんこれが最後です
さようなら さようなら さようなら」
うろ覚えだがこんな碑文があったんだ。
水野晴朗みたいだと思って笑ったら親父にめちゃくちゃ怒られた。
前線に最後まで残った女性通信士達の最後の通信文だったそうな。
※57. Posted by 2006年12月19日 17:52
じいちゃん赤紙が来たとたん山奥に逃げ込んで
戦争に参加しなかったらしい(´Д`;)
そんな訳は無いと思うけど・・・
戦争の話はしたくないのかな
戦争に参加しなかったらしい(´Д`;)
そんな訳は無いと思うけど・・・
戦争の話はしたくないのかな
※58. Posted by 2006年12月19日 17:53
>>518
これヤバい。何故かは知らんけど涙が出る。胸が熱くなる。ヤバい
これヤバい。何故かは知らんけど涙が出る。胸が熱くなる。ヤバい
※59. Posted by 2006年12月19日 17:55
*56
それはとーちゃんは映画マニアで
そりゃ淀川 長治だゴルァ!!って事な可能性は?
それはとーちゃんは映画マニアで
そりゃ淀川 長治だゴルァ!!って事な可能性は?
※60. Posted by 2006年12月19日 18:02
何年か前物置の掃除をした時に、だいぶ古い賞状が出てきた。
爺ちゃんが通ってた小学校で銃剣道の大会があって、それで優勝した時にもらったものらしい。
爺ちゃんは婿養子で、親は戦争に行かせたくなかったらしいけど、「絶対生きて帰るから」って、親を説得させたらしい。
戦争中は通信兵として上海に配属されてたらしい。
そして親に言った通り、無事にケガ一つなく帰ってきた
戦時中、ほとんど甘いものを食べれなかったせいなのか、家ではいつも甘いものを食べていた。爺ちゃんが亡くなった時、家族で棺桶に沢山お菓子を入れた。
戦争中のことを思い出させるのはツライだろうと思って、ほとんど聞くことはなかったけど、これでよかったのか…
爺ちゃんが通ってた小学校で銃剣道の大会があって、それで優勝した時にもらったものらしい。
爺ちゃんは婿養子で、親は戦争に行かせたくなかったらしいけど、「絶対生きて帰るから」って、親を説得させたらしい。
戦争中は通信兵として上海に配属されてたらしい。
そして親に言った通り、無事にケガ一つなく帰ってきた
戦時中、ほとんど甘いものを食べれなかったせいなのか、家ではいつも甘いものを食べていた。爺ちゃんが亡くなった時、家族で棺桶に沢山お菓子を入れた。
戦争中のことを思い出させるのはツライだろうと思って、ほとんど聞くことはなかったけど、これでよかったのか…
※61. Posted by 2006年12月19日 18:07
>>39
のオッチャンは死んだほうがいいな
のオッチャンは死んだほうがいいな
※62. Posted by 2006年12月19日 18:28
母方の爺ちゃんは体が弱くて徴兵されなかったらしい。
で、婆ちゃんは長崎に原爆が落とされたその日、最初の投下予定地だった小倉にいたらしい。
もし原爆が小倉に落とされていたら、と昔つぶやいていた。
父方の祖父母は俺が生まれる前に死んじゃったのでわからない。
で、婆ちゃんは長崎に原爆が落とされたその日、最初の投下予定地だった小倉にいたらしい。
もし原爆が小倉に落とされていたら、と昔つぶやいていた。
父方の祖父母は俺が生まれる前に死んじゃったのでわからない。
※63. Posted by 2006年12月19日 18:34
※41
蛆虫が来ていい場所じゃないんだぞ。
一秒でも早く世界から消えろww
蛆虫が来ていい場所じゃないんだぞ。
一秒でも早く世界から消えろww
※64. Posted by 2006年12月19日 18:35
米61
お前が死ね
お前が死ね
※65. Posted by 2006年12月19日 18:47
このスレはメモ帳にでもコピーして保存しとくわ。
だがしかし、じいちゃん、ばあちゃんは今の時代をどう思ってるんだろうな…日本オワタって思うニュースばかりじゃないか?昔ホントに必死で戦ってきて、その結果がコレだと悲しくなるんじゃないだろうか。
だがしかし、じいちゃん、ばあちゃんは今の時代をどう思ってるんだろうな…日本オワタって思うニュースばかりじゃないか?昔ホントに必死で戦ってきて、その結果がコレだと悲しくなるんじゃないだろうか。
※66. Posted by 2006年12月19日 18:50
優しそうな米兵って…
出たらその場で殺されるだろ、常識的に考えて…
出たらその場で殺されるだろ、常識的に考えて…
※67. Posted by 2006年12月19日 18:52
学校はもっとこういう話を教えるべき
※68. Posted by 2006年12月19日 18:56
戦争知ってたじいさんがそろそろ寿命でいなくなるころだから
また日本が軍国化しないか心配だ。
やっぱ生で戦争経験した人と経験してない人では
戦争に対する価値観が全然違うだろ。
また日本が軍国化しないか心配だ。
やっぱ生で戦争経験した人と経験してない人では
戦争に対する価値観が全然違うだろ。
※69. Posted by 2006年12月19日 19:00
うちのおじいさんのの話で、沖縄に住んでたときの(当時)近所のお婆さんの話なのだが、空襲でみんな逃げてるさなか、一人そのお婆さんは自分の家の畑に出て、あろうことかサツマイモを収穫していたらしい。
そのお婆さんの話いわく
「空襲で明るくなってたからちょうどいいと思った」そうな
すげえ精神力というか…なんというか…ボケてたというわけでは決してなかったらしい。
そのお婆さんの話いわく
「空襲で明るくなってたからちょうどいいと思った」そうな
すげえ精神力というか…なんというか…ボケてたというわけでは決してなかったらしい。
※70. Posted by 2006年12月19日 19:06
さーて、祖父母の戦争体験を小学校のとき全否定した
人でなしの俺様がやってまいりましたよー。
「○○ちゃん、昔だって良いことと悪いこと両方あったの」
「そんなこというのは戦争好きの軍国主義者だ!」
あんときの自分、死んでしまえ。まじ死ね。
あの場にいまの私がいたら、自分を50発はぶん殴る。
そんで祖父母に土下座させる。そんで何がどう悪いか理解させる。
未だにトラウマ。悪夢の思いで。
人でなしの俺様がやってまいりましたよー。
「○○ちゃん、昔だって良いことと悪いこと両方あったの」
「そんなこというのは戦争好きの軍国主義者だ!」
あんときの自分、死んでしまえ。まじ死ね。
あの場にいまの私がいたら、自分を50発はぶん殴る。
そんで祖父母に土下座させる。そんで何がどう悪いか理解させる。
未だにトラウマ。悪夢の思いで。
※71. Posted by 2006年12月19日 19:08
※61
お前、悪意がないとしたら短絡的すぎるよ。
あの特集を見てないからそんなこと言えるんだ。
ネタで書いたんじゃないなら、DVDになってるから観れ!
お前、悪意がないとしたら短絡的すぎるよ。
あの特集を見てないからそんなこと言えるんだ。
ネタで書いたんじゃないなら、DVDになってるから観れ!
※72. Posted by 2006年12月19日 19:08
米29
母方の爺さんもはっきり見えたって言ってたな@香川県高松市
父方の大叔父が満州で砲兵やってたけど
冬はくしゃみすると凍って困ったぐらいしか聴いた事が無かったなあ
母方の爺さんもはっきり見えたって言ってたな@香川県高松市
父方の大叔父が満州で砲兵やってたけど
冬はくしゃみすると凍って困ったぐらいしか聴いた事が無かったなあ
※73. Posted by 2006年12月19日 19:14
すぐに何でもかんでも武力で解決したがるやつは
こういう生の体験は知らないんだろうな。
最近右傾化しすぎ。
こういう生の体験は知らないんだろうな。
最近右傾化しすぎ。
※74. Posted by 2006年12月19日 19:14
うちの母方の曾爺さん(陸軍中尉)は日中戦争のときに、民間人に化けた中国兵に殺されたらしい。
※75. Posted by 2006年12月19日 19:29
米74
それは中国のゲリラ兵だな
そういう行為は戦争を行う際での条例に違反しているそうだ
それは中国のゲリラ兵だな
そういう行為は戦争を行う際での条例に違反しているそうだ
※76. Posted by 2006年12月19日 19:33
うちの爺ちゃんシベリアに抑留されてロシア語ペラペラになって帰ってきたそうな
※77. Posted by 2006年12月19日 19:35
俺の爺さん婆さんは戦時中はまだ子供だった世代だから
戦地には赴いてなかったと思う。ただ、兄弟姉妹は何人か亡くしたらしい。
俺は小さい頃、長崎で過ごしたから、平和学習の時は
必ず原爆の話もセット、と言うかそれがメインだった。
「長崎は原爆が落ちて来た街?ふざけるな。原爆が勝手に落ちて来ない。
原爆は落とされたんだ。そして我々はモルモットにされた。人間によって。」
ある被爆者の方のこの言葉は今でも覚えている。
戦地には赴いてなかったと思う。ただ、兄弟姉妹は何人か亡くしたらしい。
俺は小さい頃、長崎で過ごしたから、平和学習の時は
必ず原爆の話もセット、と言うかそれがメインだった。
「長崎は原爆が落ちて来た街?ふざけるな。原爆が勝手に落ちて来ない。
原爆は落とされたんだ。そして我々はモルモットにされた。人間によって。」
ある被爆者の方のこの言葉は今でも覚えている。
※78. Posted by 2006年12月19日 19:37
うちの爺さん戦時中結核で死に掛けたらしい
でも爺さんの姉さんが必死に稼いで薬買ったらしい
母方の爺さんは実戦配備される2ヶ月前に終戦した
でも爺さんの姉さんが必死に稼いで薬買ったらしい
母方の爺さんは実戦配備される2ヶ月前に終戦した
※79. Posted by 2006年12月19日 19:50
うちの曾爺さんは満州で徴兵もされずのんびりと暮らしてたそうな。
んでその時現地の日本人はみんな中国人を
小間使いとして雇ってたらしいんだが扱いはどこもひどかったらしい。
が、曾爺さんは優しい人だったので
家族同然に接しててその中国人もすごく感謝してたらしい。
んで敗戦して日本に引き上げるってことになったとき
曾爺さんの乗ってた列車が中国人の武装強盗団に襲われて、
金品根こそぎ取ってかれそうになった。
ところが曾爺さんの車両をチェックしに来たのはなんとその小間使い。
曾爺さんが荷物を取っていかないように頼むと
その中国人は「あなたは優しくしてくれたから私が助けます」
ということで曾爺さんの車両だけ荷物を取られずに済んだそうな。
情けは人のためならずって本当にあることなんだなと感動した。
んでその時現地の日本人はみんな中国人を
小間使いとして雇ってたらしいんだが扱いはどこもひどかったらしい。
が、曾爺さんは優しい人だったので
家族同然に接しててその中国人もすごく感謝してたらしい。
んで敗戦して日本に引き上げるってことになったとき
曾爺さんの乗ってた列車が中国人の武装強盗団に襲われて、
金品根こそぎ取ってかれそうになった。
ところが曾爺さんの車両をチェックしに来たのはなんとその小間使い。
曾爺さんが荷物を取っていかないように頼むと
その中国人は「あなたは優しくしてくれたから私が助けます」
ということで曾爺さんの車両だけ荷物を取られずに済んだそうな。
情けは人のためならずって本当にあることなんだなと感動した。
※80. Posted by 2006年12月19日 19:55
米73
韓国嫌いだが、何かあるごとにすぐ「戦争だ!」とかいってるやつ見るとマジ引く・・・
韓国嫌いだが、何かあるごとにすぐ「戦争だ!」とかいってるやつ見るとマジ引く・・・
※81. Posted by 2006年12月19日 20:03
戦争の悲惨さを認識することと
かつて全力で生きた誇り高い人々を侮蔑するのは
別のことだ
かつて全力で生きた誇り高い人々を侮蔑するのは
別のことだ
※82. Posted by 2006年12月19日 20:14
従姉弟と祖母と一緒に小さめな観覧車に乗ってたんだけどさ
その時ポツリと祖母が言ったんだよ
「昔、この周辺は焼け野原で何もなかった」
たったそれだけのことだけど、凄く迫力があった
正直祖母苦手なタイプなんだけどね、その時だけは本当に頭があがらなかったよ
その時ポツリと祖母が言ったんだよ
「昔、この周辺は焼け野原で何もなかった」
たったそれだけのことだけど、凄く迫力があった
正直祖母苦手なタイプなんだけどね、その時だけは本当に頭があがらなかったよ
※83. Posted by 2006年12月19日 20:24
ウチのじいちゃんは終戦近いころに九州に送られて
もう少しで長崎の原爆に巻き込まれる所だったらしい
もう少しで長崎の原爆に巻き込まれる所だったらしい
※84. Posted by おばあちゃんは言っていた 2006年12月19日 20:24
終戦間際には彼岸花の根も団子にして食べたという祖母は晩年胃を半分切除した。好きにものが食べられなくなった。でも玄米シェイクが大好きだった。迷惑ばかりかけた孫が今出来るのは帰省したらお墓を綺麗にすることと稼ぎが出来たら仏間作るくらいだ。
内容にもよるが人格形成期に戦争体験聞くのは悪くないと思う。
内容にもよるが人格形成期に戦争体験聞くのは悪くないと思う。
※85. Posted by 2006年12月19日 20:30
うちの父方の祖父は僧侶だったんで、衛生兵をやっていた
東南アジアにいったらしいんだが祖父いわく、寺の修行のほうが
厳しかったとかなんとか
東南アジアにいったらしいんだが祖父いわく、寺の修行のほうが
厳しかったとかなんとか
※86. Posted by ___ 2006年12月19日 20:30
母方の爺さんの葬式の時に、近所の戦友って人が喋ってた。
戦地(南方?)で怪我した戦友を背負って、敵を薙ぎ払いながら救護所まで行ったとか。
爺さんはぶっきらぼうで小さい頃は苦手な人物だった。脳梗塞で半身不随になってちょっとボケ入るまでマトモに話せた事なかったよ。その頃にはもう戦争の話とか聞けなかった。…ごめんよ爺さん。
うちの父方の爺さんは健在。
海軍に配属になって周りが船酔いでゲロゲロ言ってる中一人ケロッとして『弁当いらんならくれ』って三人前平らげたとか。
で、襲撃に遭って乗ってた艦が沈んだが、陸に泳ぎ着いたのか味方に助けられたかでどうにか帰還。そして終戦…。多分。
上にあるみたいに本当に辛怖い体験をしていなければ。
そんな爺ちゃん(83)、身体も歯も達者なので肉が大好き。
たまたま今、精肉関係の仕事してるからちょっと孝行になってる。
まとまりなくて、スマン。
でも二人とも大好きだー!!
戦地(南方?)で怪我した戦友を背負って、敵を薙ぎ払いながら救護所まで行ったとか。
爺さんはぶっきらぼうで小さい頃は苦手な人物だった。脳梗塞で半身不随になってちょっとボケ入るまでマトモに話せた事なかったよ。その頃にはもう戦争の話とか聞けなかった。…ごめんよ爺さん。
うちの父方の爺さんは健在。
海軍に配属になって周りが船酔いでゲロゲロ言ってる中一人ケロッとして『弁当いらんならくれ』って三人前平らげたとか。
で、襲撃に遭って乗ってた艦が沈んだが、陸に泳ぎ着いたのか味方に助けられたかでどうにか帰還。そして終戦…。多分。
上にあるみたいに本当に辛怖い体験をしていなければ。
そんな爺ちゃん(83)、身体も歯も達者なので肉が大好き。
たまたま今、精肉関係の仕事してるからちょっと孝行になってる。
まとまりなくて、スマン。
でも二人とも大好きだー!!
※87. Posted by 2006年12月19日 20:31
爺ちゃん婆ちゃん、今の日本を支えてきてくれた方々に敬礼。
※88. Posted by 2006年12月19日 21:09
母方の祖母の兄が陸軍の輸送機乗りだった
幸い敵に会ったことがないらしいが、
逆に敵に会った輸送機なんかほぼ100%助からないって言ってたしなぁ
父方の曾ばあちゃんの弟は戦闘機乗りで、
戦死したらしい
曾ばあちゃん6年前に死んじゃったから、
もう詳しい話は聞けないなぁ
幸い敵に会ったことがないらしいが、
逆に敵に会った輸送機なんかほぼ100%助からないって言ってたしなぁ
父方の曾ばあちゃんの弟は戦闘機乗りで、
戦死したらしい
曾ばあちゃん6年前に死んじゃったから、
もう詳しい話は聞けないなぁ
※89. Posted by 2006年12月19日 21:09
九州に住んでたうちの爺ちゃん沖縄で必死に戦ってる中
婆ちゃんはお金なくなったからって爺ちゃんが先祖代々守ってきた山を2.3個売り払って結構いい生活してたらしい
爺ちゃんが戦後家に帰ってきた時にはもう家以外の土地の物件は残ってなかったみたい・・・
しかも爺ちゃんが死んだあとあっさり田舎の土地捨てて婆ちゃんこっち来たし なんつうか婆ちゃん節操なさ杉。
婆ちゃんはお金なくなったからって爺ちゃんが先祖代々守ってきた山を2.3個売り払って結構いい生活してたらしい
爺ちゃんが戦後家に帰ってきた時にはもう家以外の土地の物件は残ってなかったみたい・・・
しかも爺ちゃんが死んだあとあっさり田舎の土地捨てて婆ちゃんこっち来たし なんつうか婆ちゃん節操なさ杉。
※90. Posted by 774 2006年12月19日 21:09
礼!初詣の混雑の中、出店の並ぶ隅っこで傷痍軍人の方が募金を集めていた。
無知な小学生だった私には身体障害者が白い服着て右翼みたいなテープ流してる
というふうに見えて、ジロジロ見ないように早足で通り過ぎた
傷痍軍人の方、最近見ないよね。今なら持ってるだけ全部募金するのに
このスレの爺さん婆さん達の凄さを見ると、アメリカ兵が日本兵を本気で怖がっていたのが想像できるな。
「父親達の星条旗」では不気味な日本兵が描かれている。
「硫黄島からの手紙」だけ見ても素晴らしい出来だけど、星条旗も良い映画ですよ
76才のイーストウッド監督にも敬
無知な小学生だった私には身体障害者が白い服着て右翼みたいなテープ流してる
というふうに見えて、ジロジロ見ないように早足で通り過ぎた
傷痍軍人の方、最近見ないよね。今なら持ってるだけ全部募金するのに
このスレの爺さん婆さん達の凄さを見ると、アメリカ兵が日本兵を本気で怖がっていたのが想像できるな。
「父親達の星条旗」では不気味な日本兵が描かれている。
「硫黄島からの手紙」だけ見ても素晴らしい出来だけど、星条旗も良い映画ですよ
76才のイーストウッド監督にも敬
※91. Posted by 2006年12月19日 21:15
うちの爺ちゃん、満州の航空隊にいて終戦と共にソ連軍に捕まった。
病気のフリして油断したところを輸送中の列車から飛び降りて仲間3人と脱出。
満鉄沿いに海に向かう途中、蒋介石の国民軍と遭遇。
3人のうちの一人が日本の国旗を持っていたので関東軍であったことが分かり、
一緒に戦ってくれと言われる。
断れる雰囲気でなかったのでしばらく一緒に戦う。
3人のうち一人死亡。2人で隙を見て脱出。
今度は毛沢東の共産党軍に捕まりそうになる。
何とか逃げて、福建省(台湾の対岸)についたが、
チフスかなんかの疫病にかかる。
数ヵ月後、友達死亡。爺さんはなんとか生存。
台湾の漁船に乗っけてもらって終戦から数年して日本に帰還。
既に日本では戦死したものと思われて葬式も終わってたらしい。
病気のフリして油断したところを輸送中の列車から飛び降りて仲間3人と脱出。
満鉄沿いに海に向かう途中、蒋介石の国民軍と遭遇。
3人のうちの一人が日本の国旗を持っていたので関東軍であったことが分かり、
一緒に戦ってくれと言われる。
断れる雰囲気でなかったのでしばらく一緒に戦う。
3人のうち一人死亡。2人で隙を見て脱出。
今度は毛沢東の共産党軍に捕まりそうになる。
何とか逃げて、福建省(台湾の対岸)についたが、
チフスかなんかの疫病にかかる。
数ヵ月後、友達死亡。爺さんはなんとか生存。
台湾の漁船に乗っけてもらって終戦から数年して日本に帰還。
既に日本では戦死したものと思われて葬式も終わってたらしい。
※92. Posted by 2006年12月19日 21:23
※89
ちょwwwwwwwワロスwwwwww
ちょwwwwwwwワロスwwwwww
※93. Posted by 2006年12月19日 21:30
うちの母方のじいちゃんは当時中学生でグライダー(?)に乗ったとかなんとか。
戦場へ行かないといけなかった日が8月15日より後だったので運良く死なずに済んだらしい。ちなみに露助は「卑怯」ということでキライ。
んでもって母方のばあちゃんのお父さんは満州鉄道の技術者だったそうだ。
馬が乗れなくてロバに跨ったとか、周りのガードに朝鮮人と中国人を雇っていたらしい。
荒い使いはしていなかったようで、戦後日本に帰るときに中国人から「帰らないで」とすがられたらしい。(無論ひどい扱いをしていた家はボッコボコにされたらしい)
又聞きなんで本当のところは知らないけど。
父方のじいちゃんの戦争話は知らん。
なんかヤクザとバトルを繰り広げたらしいww
祖父祖母、当時を生き、支えてくれた方々に敬礼!!
戦場へ行かないといけなかった日が8月15日より後だったので運良く死なずに済んだらしい。ちなみに露助は「卑怯」ということでキライ。
んでもって母方のばあちゃんのお父さんは満州鉄道の技術者だったそうだ。
馬が乗れなくてロバに跨ったとか、周りのガードに朝鮮人と中国人を雇っていたらしい。
荒い使いはしていなかったようで、戦後日本に帰るときに中国人から「帰らないで」とすがられたらしい。(無論ひどい扱いをしていた家はボッコボコにされたらしい)
又聞きなんで本当のところは知らないけど。
父方のじいちゃんの戦争話は知らん。
なんかヤクザとバトルを繰り広げたらしいww
祖父祖母、当時を生き、支えてくれた方々に敬礼!!
※94. Posted by 2006年12月19日 21:40
>467
うちもそう。
ただ婆ちゃんに引き上げてきた爺ちゃんがプロポーズしたとき
婆ちゃんはバツイチ子持ちだったらしい。
知ったのは最近だった。
うちもそう。
ただ婆ちゃんに引き上げてきた爺ちゃんがプロポーズしたとき
婆ちゃんはバツイチ子持ちだったらしい。
知ったのは最近だった。
※95. Posted by 2006年12月19日 21:43
>米68
今のご時世で、軍国化する必要なんかないから安心汁。
必要なのは、やる気満々な周辺国に対する備えだけ。
だから間違っても「徴兵制復活!」とか言うなよな。
今のご時世で、軍国化する必要なんかないから安心汁。
必要なのは、やる気満々な周辺国に対する備えだけ。
だから間違っても「徴兵制復活!」とか言うなよな。
※96. Posted by 2006年12月19日 21:47
>>39の
後ろから撃ち殺したっていう状況が良くわかんないんだよな
後ろから撃ち殺したっていう状況が良くわかんないんだよな
※97. Posted by りょーりん 2006年12月19日 21:59
母方のじいさんは内地で特攻魚雷「回天隊」の教官をやってたらしくて、とくに戦地にも出ず教官という立場からけっこう悠々とした戦時中を過ごしていたらしい。
だけど訓練中に小型の潜水艇が故障して海底で救助されるまで丸1日閉じ込められていたときは生きた心地がしなかったとか。
あとばあさんも機銃掃射の隙間をくぐったクチ。軍人のじいさんよりばあさんのほうが危険な目にあってるよーな気がするんだが?
だけど訓練中に小型の潜水艇が故障して海底で救助されるまで丸1日閉じ込められていたときは生きた心地がしなかったとか。
あとばあさんも機銃掃射の隙間をくぐったクチ。軍人のじいさんよりばあさんのほうが危険な目にあってるよーな気がするんだが?
※98. Posted by 774 2006年12月19日 21:59
http://www.youtube.com/watch?v=jB5REmvw-0M
イッパイアッタヨー
NHKのDVDは売り切れっぽい。注文したがかなり待つかも
イッパイアッタヨー
NHKのDVDは売り切れっぽい。注文したがかなり待つかも
※99. Posted by 2006年12月19日 22:11
母方のじいさんは10人兄弟だが戦争で一家一人も死ななかったのがひいばあさんの自慢だったらしい。
中でも一番上の兄は特攻隊に志願しており、もうすぐ出撃で髪の毛を遺品として実家に送るまでしたがギリギリで戦争が終わり帰還した。
あと三日も戦争が続いていれば出撃していたらしい。
中でも一番上の兄は特攻隊に志願しており、もうすぐ出撃で髪の毛を遺品として実家に送るまでしたがギリギリで戦争が終わり帰還した。
あと三日も戦争が続いていれば出撃していたらしい。
※100. Posted by 2006年12月19日 22:21
祖父からドックの中で建造中の大和をとったという写真を見せてもらったことがある。
護衛の駆逐艦の副長が友人の友人で条件付でゆずってもらったのだそうだ。
でも一回しか見てないしトップシークレットの大和の建造中の写真
ってあるのかな?
祖父は陸軍だったし祖父の勘違いかだまされていたんだろうか。
今になってすごい気になっている。写真もみつからないから確かめようがない。
もっと話を聞いておくべきだったな。
爺ちゃん・・・
護衛の駆逐艦の副長が友人の友人で条件付でゆずってもらったのだそうだ。
でも一回しか見てないしトップシークレットの大和の建造中の写真
ってあるのかな?
祖父は陸軍だったし祖父の勘違いかだまされていたんだろうか。
今になってすごい気になっている。写真もみつからないから確かめようがない。
もっと話を聞いておくべきだったな。
爺ちゃん・・・
※101. Posted by 2006年12月19日 22:58
米97
爺さん強運だな。
同じような事故で亡くなった人が酸欠で死ぬまでの間に書き残したメモが忘れられん
爺さん強運だな。
同じような事故で亡くなった人が酸欠で死ぬまでの間に書き残したメモが忘れられん
※102. Posted by 2006年12月19日 23:57
俺のじいちゃんもシベリアに行ったって言ってたけど、もうボケちゃって・・・。今戦争のこと聞いたらどう思うだろう?
※103. Posted by にゃ 2006年12月20日 00:02
数年前に、まだ元気だったジイチャンと空手てか組み手とかしたなぁ…鬼強だったわ、勝てる気がしなかった
そういや、将棋もトランプも鬼だったなジイチャン…
いかん、泣きそうだwwwwwwwwwwwwwwwww
スレにあったけど、今生きてる奴は絶対に辛い中を生き抜いた祖父、祖母の血を引きついでるんだよな…
案外、俺らの心の奥にも特大の獣がいるかもしれんぞ
そういや、将棋もトランプも鬼だったなジイチャン…
いかん、泣きそうだwwwwwwwwwwwwwwwww
スレにあったけど、今生きてる奴は絶対に辛い中を生き抜いた祖父、祖母の血を引きついでるんだよな…
案外、俺らの心の奥にも特大の獣がいるかもしれんぞ
※104. Posted by いつでも特攻精神 2006年12月20日 00:03
「いざさらば 我は御国(みくに)の 山桜」
この本に出会うことがなければ、俺は今でも
廃人だったな。
保存用、読書用、飾り用として同じ本を3冊買ったのは
この本が初めて。
この本に出会うことがなければ、俺は今でも
廃人だったな。
保存用、読書用、飾り用として同じ本を3冊買ったのは
この本が初めて。
※105. Posted by 2006年12月20日 00:08
うらやましいな・・・
俺のじいちゃんは2人とも俺が生まれる前に死んでしまったから
そういうはなしを一切聞いたことがない
爺さんいる人は大切にな
俺のじいちゃんは2人とも俺が生まれる前に死んでしまったから
そういうはなしを一切聞いたことがない
爺さんいる人は大切にな
※106. Posted by 2006年12月20日 01:43
陳腐な言葉とは思うが、やっぱり戦争はいけないよな……
自分達には先人から受け継いだこの国を平和にしていく義務がある、見たいな文をどこかで読んだんだが、何だったかな
自分達には先人から受け継いだこの国を平和にしていく義務がある、見たいな文をどこかで読んだんだが、何だったかな
※107. Posted by 携帯厨 2006年12月20日 01:44
私の曾祖父は「指導官」として満州に赴いていたらしい。
幼い頃に他界したので直接その時の話は聞いたことはないけど、父は「中国人の脳みそを食べると病気が治る、という風説があって、病人は実際に食べていた」という話を何度も聞かされたと言っていた。
曾祖父の家には満州から帰国の際に現地の書道の達人に書いて貰ったという立派な書があるが、相手はどういう気持でそれを書いたのだろう。
「殺戮」云々とか書いてあるし
幼い頃に他界したので直接その時の話は聞いたことはないけど、父は「中国人の脳みそを食べると病気が治る、という風説があって、病人は実際に食べていた」という話を何度も聞かされたと言っていた。
曾祖父の家には満州から帰国の際に現地の書道の達人に書いて貰ったという立派な書があるが、相手はどういう気持でそれを書いたのだろう。
「殺戮」云々とか書いてあるし
※108. Posted by 投稿被ってたらゴメン。 2006年12月20日 01:52
小学校の時に戦争時代の事を調べてみようっていう授業があって
母方の祖母と父方の祖父母に話を聞いたことがあるけど
なんだか、始終抵抗感というか、罪悪感…とまでいっていいのかわからないんだけど、そういうのがあった。
つらい事思い出させるんじゃないかとか。
母方の祖母は一緒に暮らしてるから、テレビでそんな感じの話になるとたまに話してくれるんだけど
知りたいけど、なんかやっぱり悪い気がしちゃう…。
母方の祖母と父方の祖父母に話を聞いたことがあるけど
なんだか、始終抵抗感というか、罪悪感…とまでいっていいのかわからないんだけど、そういうのがあった。
つらい事思い出させるんじゃないかとか。
母方の祖母は一緒に暮らしてるから、テレビでそんな感じの話になるとたまに話してくれるんだけど
知りたいけど、なんかやっぱり悪い気がしちゃう…。
※109. Posted by 炭坑夫 2006年12月20日 01:56
うちの父方の爺ちゃんは炭坑夫だったから戦争参加してない……当時鉄重要だったから炭坑夫は出兵しなくてもよかったらしい
母方のじいちゃんは満州にいた、つっても中国人で民軍だったんだけど……日本兵に撃たれて、仲間を殺されたので日本人のこと大嫌いだったらしい。
でも孫は可愛かったらしく、私が生まれた当時は死んでもいかない!と言ってた日本に来て、良い国だなって褒めてくれた。
中国の人もみんな爺ちゃんみたいに日本好きになって欲しいよ
母方のじいちゃんは満州にいた、つっても中国人で民軍だったんだけど……日本兵に撃たれて、仲間を殺されたので日本人のこと大嫌いだったらしい。
でも孫は可愛かったらしく、私が生まれた当時は死んでもいかない!と言ってた日本に来て、良い国だなって褒めてくれた。
中国の人もみんな爺ちゃんみたいに日本好きになって欲しいよ
※110. Posted by 2006年12月20日 03:06
うちの爺ちゃんは大和が沈められた戦いに参加していたらしい。空を埋め尽くすほどの爆撃が大和に浴びせられて火災が起きてたとか。
婆ちゃんは長崎に住んでいて運よく原爆の被害は受けなかったけど、皮膚がただれた人とかいっぱい見たそうだ。
婆ちゃんは長崎に住んでいて運よく原爆の被害は受けなかったけど、皮膚がただれた人とかいっぱい見たそうだ。
※111. Posted by あう 2006年12月20日 06:02
私の知り合いの爺様は元陸軍大佐(終戦時は連隊長?)
もう100歳近くて足腰弱くなってるけどダンディで、
介護に来るヘルパーさんや看護師さんにも人気らしい。
最近「体に悪い」という理由で煙草を止めたとかw
生命力に溢れてる爺様です
もう100歳近くて足腰弱くなってるけどダンディで、
介護に来るヘルパーさんや看護師さんにも人気らしい。
最近「体に悪い」という理由で煙草を止めたとかw
生命力に溢れてる爺様です
※112. Posted by 2006年12月20日 06:57
これからやりたい事がはっきり決まっていても
漠然と将来に対して持ってた希望なんかもぜんぶ諦めて、
自分や他人を殺しに知らない土地に行かなきゃいけないとか、
遠い国じゃなくて今いる場所でごく普通に
そーゆー現実を見ていた人がまだ生きてるんだよなー
じいさんは達者なのでよく南方での戦争話を聞くけど、
昔からハリウッド映画好きで名作はだいたい見ていて
ジュディ・ガーランドの年季の入ったファン。
「鬼畜米英」とか言われてもピンとこなかったそうだ。
英語ができたので捕虜になった時に仲良くなった黒人兵と
敗戦後もしばらく文通していたとか。
漠然と将来に対して持ってた希望なんかもぜんぶ諦めて、
自分や他人を殺しに知らない土地に行かなきゃいけないとか、
遠い国じゃなくて今いる場所でごく普通に
そーゆー現実を見ていた人がまだ生きてるんだよなー
じいさんは達者なのでよく南方での戦争話を聞くけど、
昔からハリウッド映画好きで名作はだいたい見ていて
ジュディ・ガーランドの年季の入ったファン。
「鬼畜米英」とか言われてもピンとこなかったそうだ。
英語ができたので捕虜になった時に仲良くなった黒人兵と
敗戦後もしばらく文通していたとか。
※113. Posted by たろ 2006年12月20日 07:13
俺のヒイじいちゃんは仕事もしないで親のスネをカジリ、徴兵の時の検診で知的障害者のフリをした強者。ちなみに旅館の娘と出来ちゃった結婚。まさにニートのカガミ
※114. Posted by 112 2006年12月20日 07:24
戦地では前線にいて、堀を作ってそこに身体を潜らせて銃を打つんだけど
雨が降ると掘りに水が溜まって凍死するので
「たくさん小便をしろ」と言われるんだって。
その周りだけ少しの間温かくなるから。
あと、特攻の戦闘機乗りは恐怖から逃れるためにシャブ打ちまくってて
よだれ垂らしたり小便漏らしたりわけわかんない事言ったりしてて
すごい状態だったらしい。
最近の日本の戦争映画みたいなキレイなとこだけ
切り取られたような話は全く聞かん。
現実はもっと人間のシモ話が絡んでくる。
雨が降ると掘りに水が溜まって凍死するので
「たくさん小便をしろ」と言われるんだって。
その周りだけ少しの間温かくなるから。
あと、特攻の戦闘機乗りは恐怖から逃れるためにシャブ打ちまくってて
よだれ垂らしたり小便漏らしたりわけわかんない事言ったりしてて
すごい状態だったらしい。
最近の日本の戦争映画みたいなキレイなとこだけ
切り取られたような話は全く聞かん。
現実はもっと人間のシモ話が絡んでくる。
※115. Posted by セセラギ 2006年12月20日 07:44
うちのじーちゃんはフィリピン行ったって言ってたな
飼い犬食った話が出てるので蛇食った話なんてかすみますかそうですか。
※116. Posted by ロック 2006年12月20日 08:23
うちの祖母の弟さんが回天の搭乗員だったらしい
もうボケちゃったので詳しい話も聞けなくなりました…
元気なうちにもっと話を聞いておけばよかったよ
もうボケちゃったので詳しい話も聞けなくなりました…
元気なうちにもっと話を聞いておけばよかったよ
※117. Posted by 2006年12月20日 11:03
俺の爺さん満州にいたらしい。
爺さんの部隊、待機中だったらしいけど
爺さんが腹減ったとか言って部隊抜け出して
結局何も無くて帰ってきたら部隊全滅してたらしい。
爺さんの部隊、待機中だったらしいけど
爺さんが腹減ったとか言って部隊抜け出して
結局何も無くて帰ってきたら部隊全滅してたらしい。
※118. Posted by 2006年12月20日 11:15
※108
うちもそういう宿題あった
ばーちゃん、2股にわかれた道で友達とはぐれて、みんなが右に行ったのに自分だけ左の道を逃げたらしい。後から戻って右の道を追いかけてみたら、友達はみんな撃たれてしまって死んでたって・・・
ばーちゃん話しながら泣いてた
うちもそういう宿題あった
ばーちゃん、2股にわかれた道で友達とはぐれて、みんなが右に行ったのに自分だけ左の道を逃げたらしい。後から戻って右の道を追いかけてみたら、友達はみんな撃たれてしまって死んでたって・・・
ばーちゃん話しながら泣いてた
※119. Posted by 2006年12月20日 11:55
じいちゃんはシベリア行きの列車から飛び降りて助かったってことをばあちゃんから聞いた。
じいちゃん俺が生まれる前に亡くなったからなー。
じいちゃん俺が生まれる前に亡くなったからなー。
※120. Posted by 2006年12月20日 12:42
こういう話になるとすぐ狂信的な「アンチ日教組」が湧くよな
※121. Posted by YOU 2006年12月20日 12:59
自分の祖父は陸軍の通信兵だった。
あまり詳しくは知らないが(孫に戦争の話をしようとしないので
無理に聞けないんです…)何でもガダルカナルに送られるところだったらしい。
祖父曰くかなりの数の艦隊だったらしいが、途中空襲にあい輸送艦は次々に沈められ、祖父の船も被弾して傾いたらしい。半ば諦めたものの、何とか沈まず唯一引き返すことができて無事生還したとやら。
その時片腕吹っ飛ばされたまま対空射撃してた水兵が、今でも頭に残ってるって言ってた。
後に戦史を紐解いたら、第三十八師団の輸送作戦で十一隻の輸送船のうち六隻が沈没、一隻が引き返したって記述があって
「まさかこれか?」と驚いた記憶が…まぁ何の作戦にしろ上陸成功してたら絶対戦死したろうし、すると自分もいない訳で…そう考えると恐ろしいですね。
あまり詳しくは知らないが(孫に戦争の話をしようとしないので
無理に聞けないんです…)何でもガダルカナルに送られるところだったらしい。
祖父曰くかなりの数の艦隊だったらしいが、途中空襲にあい輸送艦は次々に沈められ、祖父の船も被弾して傾いたらしい。半ば諦めたものの、何とか沈まず唯一引き返すことができて無事生還したとやら。
その時片腕吹っ飛ばされたまま対空射撃してた水兵が、今でも頭に残ってるって言ってた。
後に戦史を紐解いたら、第三十八師団の輸送作戦で十一隻の輸送船のうち六隻が沈没、一隻が引き返したって記述があって
「まさかこれか?」と驚いた記憶が…まぁ何の作戦にしろ上陸成功してたら絶対戦死したろうし、すると自分もいない訳で…そう考えると恐ろしいですね。
※122. Posted by 2006年12月20日 13:38
シベリア捕虜時代、死のうと思ったうちの爺さん。
10mくらいの高さだった(らしい)工事現場から飛び降りたが無傷で生還。
生きるべきなんだろうと悟った爺さんは、その後独特のキャラで(捕虜にしては)いい待遇を受けながら帰国した。
そんな爺さんはいまでもピンピンしてます。
10mくらいの高さだった(らしい)工事現場から飛び降りたが無傷で生還。
生きるべきなんだろうと悟った爺さんは、その後独特のキャラで(捕虜にしては)いい待遇を受けながら帰国した。
そんな爺さんはいまでもピンピンしてます。
※123. Posted by JJ 2006年12月20日 16:13
父方に出征した人は、いない、商家だったからかな。
母方の叔父は、陸軍の通信兵で、横須賀に集合させられるも乗る船がすでになく、どこぞの田舎の通信施設に配属されて、近くの民家のラジオなんぞを直してあげてもらった食料たらふく食って、見違えるほど太って復員したそうだ。
母方の爺様は、日露戦争に出征したらしく、最初はラッパ吹きだったのが、なぜか衛生兵にさせられて、しまいには医者の真似事までさせられたそうだ。
父方の爺様の戦時中の話は、中島飛行機を空襲に来たB−29が高度を落としすぎたらしく、迎撃に上がったゼロ戦(爺様はなんでもゼロ戦、終戦間近なんだから、きっと5式戦か、三式飛燕あたりだろう)がみごとに撃墜した話をくどいくらいにしてくれた。
でしらべたらきちんと太田上空迎撃戦という空戦でB−29が落ちている、があったのでああホラでなかったのねと今更思っているところ。
母方の叔父は、陸軍の通信兵で、横須賀に集合させられるも乗る船がすでになく、どこぞの田舎の通信施設に配属されて、近くの民家のラジオなんぞを直してあげてもらった食料たらふく食って、見違えるほど太って復員したそうだ。
母方の爺様は、日露戦争に出征したらしく、最初はラッパ吹きだったのが、なぜか衛生兵にさせられて、しまいには医者の真似事までさせられたそうだ。
父方の爺様の戦時中の話は、中島飛行機を空襲に来たB−29が高度を落としすぎたらしく、迎撃に上がったゼロ戦(爺様はなんでもゼロ戦、終戦間近なんだから、きっと5式戦か、三式飛燕あたりだろう)がみごとに撃墜した話をくどいくらいにしてくれた。
でしらべたらきちんと太田上空迎撃戦という空戦でB−29が落ちている、があったのでああホラでなかったのねと今更思っているところ。
※124. Posted by NN 2006年12月20日 16:50
父方のじいちゃんは、身長が低くて零戦に乗れなかったしか話さなかった。ばあちゃんについては一切話そうとしない。
母方のじいちゃんは、満州行って食糧難でスッポンやムカデなどを捕まえて煮て食べて生き延びてた。(ムカデは焼いて食ってたみたい)仲間でそれを食べることを拒むヤツがいて、拒んだヤツはみんな餓死したそうな。
ばあちゃんはこちらも一切話そうとしないな・・・>>637同じ理由なのかな
母方のじいちゃんは、満州行って食糧難でスッポンやムカデなどを捕まえて煮て食べて生き延びてた。(ムカデは焼いて食ってたみたい)仲間でそれを食べることを拒むヤツがいて、拒んだヤツはみんな餓死したそうな。
ばあちゃんはこちらも一切話そうとしないな・・・>>637同じ理由なのかな
※125. Posted by あ 2006年12月20日 18:42
父方の爺さんは、通信兵として訓練していて戦地に行く日に終戦になったらしい。
婆さんは、樺太から北海道に逃げる輸送船に乗っているときに、潜水艦から魚雷攻撃されたが、庶民用の狭いところに乗っていたから助かったらしい。半分沈みながらなんとか港にたどり着いたとか。士官や軍人用の場所に魚雷が直撃して、そこにいた人はみんな死んだみたい。
母方の爺さん婆さんは満州に住んでて中国人とも仲が良かったみたい。
爺さんは優しくて、怒っても殴ったりしなかったので現地の人から慕われていたらしい。
満鉄で働いていたらしいがダイナマイトの事故で片目を失明したそうだ。
婆さんは日本に帰るときに汽車の中で自殺用の毒薬を兵隊から渡されたらしいが、すぐに窓から捨てたと言っていた。
爺さんは80代までは自転車に乗ってたしスーファミで麻雀もやるぐらい元気でした。
婆さんは、樺太から北海道に逃げる輸送船に乗っているときに、潜水艦から魚雷攻撃されたが、庶民用の狭いところに乗っていたから助かったらしい。半分沈みながらなんとか港にたどり着いたとか。士官や軍人用の場所に魚雷が直撃して、そこにいた人はみんな死んだみたい。
母方の爺さん婆さんは満州に住んでて中国人とも仲が良かったみたい。
爺さんは優しくて、怒っても殴ったりしなかったので現地の人から慕われていたらしい。
満鉄で働いていたらしいがダイナマイトの事故で片目を失明したそうだ。
婆さんは日本に帰るときに汽車の中で自殺用の毒薬を兵隊から渡されたらしいが、すぐに窓から捨てたと言っていた。
爺さんは80代までは自転車に乗ってたしスーファミで麻雀もやるぐらい元気でした。
※126. Posted by 2006年12月20日 19:02
なんかこういうの見てると
日々うまいもん食って残して、好きなことして遊んでる自分が申し訳ない気になるな
日々うまいもん食って残して、好きなことして遊んでる自分が申し訳ない気になるな
※127. Posted by s 2006年12月20日 20:00
米114
小便したらより体温を奪われると思うけど?
あなたの情報もかなり偏ってるのでは?
小便したらより体温を奪われると思うけど?
あなたの情報もかなり偏ってるのでは?
※128. Posted by 2006年12月20日 20:39
>米126
逆に考えるんだ。彼等が身を犠牲にして戦ってくれたから、
いま自分が好き勝手に生きていられると考えるんだ。
逆に考えるんだ。彼等が身を犠牲にして戦ってくれたから、
いま自分が好き勝手に生きていられると考えるんだ。
※129. Posted by ムア 2006年12月20日 20:51
内の爺さんは戦争のときシンガポールでマラリア蚊に刺されて当時は絶対死ぬ病気なのに超奇跡的に助かった。
※130. Posted by daru 2006年12月20日 21:11
うちの母方の祖父は目が悪かったせいで徴兵されなかったとかでほとんどそのころのことは話してくれなかった。
でも戦時中はそのことで「非国民」とか散々言われてたらしい。
本人は「運がよかったんだ」なんて言ってたけどばあちゃんのほうがなんか複雑な顔してた。
そのじいちゃんも77で去年亡くなりました。一緒に酒が飲めなかったのと麻雀をやらせてもらえなかったのが心残り。
あ、あとばあちゃんとのことも全然話さなかったな。少し苦手だけどこんどばあちゃんに聞いてみようと思う。
そして77で死んだってことは戦争中は俺と同じくらいだったんだなって今気がついた。凄すぎるよ、じいちゃん……
でも戦時中はそのことで「非国民」とか散々言われてたらしい。
本人は「運がよかったんだ」なんて言ってたけどばあちゃんのほうがなんか複雑な顔してた。
そのじいちゃんも77で去年亡くなりました。一緒に酒が飲めなかったのと麻雀をやらせてもらえなかったのが心残り。
あ、あとばあちゃんとのことも全然話さなかったな。少し苦手だけどこんどばあちゃんに聞いてみようと思う。
そして77で死んだってことは戦争中は俺と同じくらいだったんだなって今気がついた。凄すぎるよ、じいちゃん……
※131. Posted by 2006年12月20日 22:14
じいさんは中国で捕虜収容所の見張りみたいなことをしていたらしい。現地の中国人が水を売りに来たりしたとか。
八路軍をパーロ軍と言っていた。
ヤツらが来ると、犬がいっせいに吠え立てるとか…。
腹に銃弾が残っていますが、かなり元気です。
八路軍をパーロ軍と言っていた。
ヤツらが来ると、犬がいっせいに吠え立てるとか…。
腹に銃弾が残っていますが、かなり元気です。
※132. Posted by 2006年12月20日 23:12
※126
あの時代の人たちは、自分の子や孫が日々うまいもん食って
生きていけるように、と奮闘したんだ。何ら恥じることはない。
キミも、自分の子や孫が同じように暮らせるように努力すればいいだけのこと。
あの時代の人たちは、自分の子や孫が日々うまいもん食って
生きていけるように、と奮闘したんだ。何ら恥じることはない。
キミも、自分の子や孫が同じように暮らせるように努力すればいいだけのこと。
※133. Posted by 2006年12月21日 00:02
うちのじいちゃんは中国行って民間人を並ばせて射殺してたとか
(はっきりと自分でやったとは言わないけど、それっぽい)
こういうのは日常的に行われてたらしくて、かなり怖かったな。
愛国心は普通にあったらしいけど、米を隠してたりしたらしいし、
やっぱり当時でも家族は一番大事だったんだなと思ったよ。
そのためとはいえ、酷いことをしなくちゃいけないってのはキツかっただろうな
(はっきりと自分でやったとは言わないけど、それっぽい)
こういうのは日常的に行われてたらしくて、かなり怖かったな。
愛国心は普通にあったらしいけど、米を隠してたりしたらしいし、
やっぱり当時でも家族は一番大事だったんだなと思ったよ。
そのためとはいえ、酷いことをしなくちゃいけないってのはキツかっただろうな
※134. Posted by 2006年12月21日 00:04
父方は空母の艦載機整備兵だったらしい。
10年前になくなった。
何度か戦争のことを聞いたが、あまり話したがらなかった。
母方は陸軍で、ノモンハン事件で23師団にいて、
戦死したと思って葬式を挙げたらひょっこり帰ってきたと。
その後また徴兵されて、最後はインパール作戦で生き残り、
インドシナで捕虜生活を送った後帰ってきたそうだ。
もう25年も前になくなってしまったので直接話は聞けなかったが、
偵察小隊の隊長だったらしく、ゴーグルなどの遺品がある。
10年前になくなった。
何度か戦争のことを聞いたが、あまり話したがらなかった。
母方は陸軍で、ノモンハン事件で23師団にいて、
戦死したと思って葬式を挙げたらひょっこり帰ってきたと。
その後また徴兵されて、最後はインパール作戦で生き残り、
インドシナで捕虜生活を送った後帰ってきたそうだ。
もう25年も前になくなってしまったので直接話は聞けなかったが、
偵察小隊の隊長だったらしく、ゴーグルなどの遺品がある。
※135. Posted by 2006年12月21日 00:44
こういう戦中派の人達の事を考え、今年から生活費を切り詰めてちゃんと年金を払っています。年金は自分の老後のものじゃないという考えに行き着きました。
※136. Posted by 2006年12月21日 00:45
ぶっ壊すかもしれんが人殺しはしないにこしたことはない。
※137. Posted by q 2006年12月21日 00:57
何かの本で読んだんだが
「一人の老人を失うことは一つの文学を失くすに値する」
っての思い出した。今なら分かる気がする
「一人の老人を失うことは一つの文学を失くすに値する」
っての思い出した。今なら分かる気がする
※138. Posted by 2006年12月21日 00:58
80の人の年金になるのは嫌じゃないのに、団塊の年金になると思うと無性に腹が立つのは何故?
※139. Posted by 2006年12月21日 02:36
戦争に行った人は家にはいないな
でもばーちゃんが風呂や寝る時戦争の話してくれた
街に軍関係の工場があって大空襲にあったらしい
住んでるとこが街から遠かったから無事だったけど
夜だったこともあり、街の方向が赤くなっていたらしい
このスレ読んでるとじーちゃんばーちゃん大事にしようって思うよ
いつまでも元気じゃないんだよな
年始には帰るよ、また話聞かせて欲しい・・・
でもばーちゃんが風呂や寝る時戦争の話してくれた
街に軍関係の工場があって大空襲にあったらしい
住んでるとこが街から遠かったから無事だったけど
夜だったこともあり、街の方向が赤くなっていたらしい
このスレ読んでるとじーちゃんばーちゃん大事にしようって思うよ
いつまでも元気じゃないんだよな
年始には帰るよ、また話聞かせて欲しい・・・
※140. Posted by 2006年12月21日 04:27
※114
>あと、特攻の戦闘機乗りは恐怖から逃れるためにシャブ打ちまくっ>てて
>よだれ垂らしたり小便漏らしたりわけわかんない事言ったりしてて
>すごい状態だったらしい。
こんな状態で戦闘機が操縦できると思う?
>あと、特攻の戦闘機乗りは恐怖から逃れるためにシャブ打ちまくっ>てて
>よだれ垂らしたり小便漏らしたりわけわかんない事言ったりしてて
>すごい状態だったらしい。
こんな状態で戦闘機が操縦できると思う?
※141. Posted by 2006年12月21日 08:21
新兵は同じところにじっと隠れちゃうからいつか被弾する
生き残った仲間はとにかく隠れてるときも移動していて
弾のとんでくる場所がなんとなくわかったとかいってた
生き残った仲間はとにかく隠れてるときも移動していて
弾のとんでくる場所がなんとなくわかったとかいってた
※142. Posted by 2006年12月21日 11:52
おいらは、夏休みの課題のために爺ちゃんに戦争の話をきいた。
「夜間、敵なのか味方なのか判別もつかない状態で、銃を撃った」と
いう爺ちゃんに、ショックを受けて「ひところしたの?」って
いっちまった。
あんなこというんじゃなかった。
もう謝りたくても謝れない。
「夜間、敵なのか味方なのか判別もつかない状態で、銃を撃った」と
いう爺ちゃんに、ショックを受けて「ひところしたの?」って
いっちまった。
あんなこというんじゃなかった。
もう謝りたくても謝れない。
※143. Posted by 2006年12月21日 12:49
ほんとにご先祖様たちには感謝しきり。
でも今の日本を見てどう思うのかな…
申し訳ない気持で一杯だ。
でも今の日本を見てどう思うのかな…
申し訳ない気持で一杯だ。
※144. Posted by 2006年12月21日 14:41
母方の祖父母が広島原爆を受けた
家の前の竹林が緩衝になって家は全壊したが二人とも無傷だった
すぐに逃げればいいものを、次の日祖父は勤めていた銀行(爆心地)まで金庫に入っていた重要書類を取りに行った
地獄絵図。沿道には折り重なった人々の死体とまっさらになった家並みがあった。
原爆から数週間後、祖母は叔母を生んだ
そして数年後、母を生んだ
それしか聞いた事は無い
もっと話を聞いておけばよかったと今更ながら思う
家の前の竹林が緩衝になって家は全壊したが二人とも無傷だった
すぐに逃げればいいものを、次の日祖父は勤めていた銀行(爆心地)まで金庫に入っていた重要書類を取りに行った
地獄絵図。沿道には折り重なった人々の死体とまっさらになった家並みがあった。
原爆から数週間後、祖母は叔母を生んだ
そして数年後、母を生んだ
それしか聞いた事は無い
もっと話を聞いておけばよかったと今更ながら思う
※145. Posted by 2006年12月21日 19:44
「俺は次男だから死んでもいい」
と言って食料をじいさんが銃弾飛び交う中調達しに行ったという話を聞いたことがある。
んで、生きて帰ってきて部隊を救ったなんて話聞いたことあるな。
ほんまかいな・・・
と言って食料をじいさんが銃弾飛び交う中調達しに行ったという話を聞いたことがある。
んで、生きて帰ってきて部隊を救ったなんて話聞いたことあるな。
ほんまかいな・・・
※146. Posted by 2006年12月22日 00:37
母方の祖父の兄は、特攻隊員だったそうな。
フィリピンで戦死されたそうなんだが、日本を飛び立つ時自分の故郷の上空に到達すると2、3回その場を旋回して行ったらしい。
そして来年の今頃は自衛官な俺。
祖父ちゃんの兄貴さん、どうか安らかに。
フィリピンで戦死されたそうなんだが、日本を飛び立つ時自分の故郷の上空に到達すると2、3回その場を旋回して行ったらしい。
そして来年の今頃は自衛官な俺。
祖父ちゃんの兄貴さん、どうか安らかに。
※147. Posted by 2006年12月22日 01:07
父方の祖父が、大阪で高射砲撃ってた、って聞いた事ある。
ただ、その祖父はもう故人だから、詳しい事は聞けないけど、高射砲の影響とかで耳の鼓膜が破れたらしいそうな。
母方の祖父は特攻隊志望してたらしいけど、年齢が足らないとかで結局入隊できず、終戦迎えたそうな・・・。
こういう話って、聞いておいて決して損は無いと思う。
ただ、その祖父はもう故人だから、詳しい事は聞けないけど、高射砲の影響とかで耳の鼓膜が破れたらしいそうな。
母方の祖父は特攻隊志望してたらしいけど、年齢が足らないとかで結局入隊できず、終戦迎えたそうな・・・。
こういう話って、聞いておいて決して損は無いと思う。
※148. Posted by 2006年12月22日 14:58
祖母曰く、食事時に空襲を受けたことがあるそうな。
そのとき友達の家に爆弾が落ちてしまったんだそうな。
その友達のお腹からは、今食べていたらしい白いうどんが
覗いていたそうな…。
そのとき友達の家に爆弾が落ちてしまったんだそうな。
その友達のお腹からは、今食べていたらしい白いうどんが
覗いていたそうな…。
※149. Posted by 114 2006年12月22日 23:59
>※127
>※140
うーん、じいさんの話そのままなんだけどね。
自分で体験したわけじゃないし絶対本当とは言えないよ。
終戦間際の話は本当に酷い話をよく聞くよ。
とりあえず敵軍に突っ込めればOKみたいな作りの荒い戦闘機だったり、
爆薬を積めるだけ積んで帰りの燃料は積んでないとか。
相手にぶつかる前に墜落したり他に激突したりするほうが
ずっと多かったって。
覚せい剤は「勇気が出る薬」とかなんとか言って軍が支給したそうだよ。
>※140
うーん、じいさんの話そのままなんだけどね。
自分で体験したわけじゃないし絶対本当とは言えないよ。
終戦間際の話は本当に酷い話をよく聞くよ。
とりあえず敵軍に突っ込めればOKみたいな作りの荒い戦闘機だったり、
爆薬を積めるだけ積んで帰りの燃料は積んでないとか。
相手にぶつかる前に墜落したり他に激突したりするほうが
ずっと多かったって。
覚せい剤は「勇気が出る薬」とかなんとか言って軍が支給したそうだよ。
※150. Posted by ジョッジョ 2006年12月23日 14:31
>>149
>覚せい剤は「勇気が出る薬」とかなんとか言って軍が支給したそうだよ
まあそれにしたって中毒症状出るくらいのレベルじゃなかったろうよ。
民間でも害にならない程度は出回ってたそうだし(今でいう酒くらいの扱いで)。
しかし国はどうして覚醒剤を酒や煙草程度に上手い事扱わなくなったんだろうかね?
下手に規制しすぎると禁酒法みたくヤクザが付け上がるから逆効果だってのにさ……
>覚せい剤は「勇気が出る薬」とかなんとか言って軍が支給したそうだよ
まあそれにしたって中毒症状出るくらいのレベルじゃなかったろうよ。
民間でも害にならない程度は出回ってたそうだし(今でいう酒くらいの扱いで)。
しかし国はどうして覚醒剤を酒や煙草程度に上手い事扱わなくなったんだろうかね?
下手に規制しすぎると禁酒法みたくヤクザが付け上がるから逆効果だってのにさ……
※151. Posted by 団塊jr 2006年12月24日 14:05
>米123
>父方に出征した人は、いない、商家だったからかな。
うちの父方祖父も満州で商売をしていたらしい。
昭和18年に親父が生まれて、終戦後引き上げしてた事を親父と叔母から帰されている。
ただ戦後の混乱期、一歩間違えば残留孤児として満州に親父が残ってた可能性を有った訳で、残留孤児の話は他人事に思えない。
逆に母方の祖父は、戦時中名古屋の工場で工場長をしていたらしい。
本人から聞いた話では、三菱重工直系の工場で一式陸上攻撃機を製造したとか・・・・・・
尋常小学校しか出てなかったが、工場長まで勤めた祖父の話を思い出すと、祖父は偉大で努力を重ねたんだと感じる。
俺が物心ついた時期には、60を超えゆったりした爺さんだった記憶しかないけどな。
そんな祖父達もすそでに亡くなり、親父も死んだ今
戦時中の事を聞くこと出来る人が居なくなっている事に気がつき
今更ながらに悔やんできるよ。
※152. Posted by 2006年12月24日 21:17
ある先生に言われた台詞が忘れられない。
「お前ら、このまま普通に長生きできると思うなよ。長生きしてる人達はあの戦争を生き抜けた人らやからな。」
運の強さと生命力が桁違いだと納得させられた。
父母方供に亡くなられたが、父方の遺骨が例によってよくわからん小石?らしいので現地で生き延びてないかなあと、密かにその戦地に旅行に行こうかと考えている。少しでも何かわかればいいなあ。
「お前ら、このまま普通に長生きできると思うなよ。長生きしてる人達はあの戦争を生き抜けた人らやからな。」
運の強さと生命力が桁違いだと納得させられた。
父母方供に亡くなられたが、父方の遺骨が例によってよくわからん小石?らしいので現地で生き延びてないかなあと、密かにその戦地に旅行に行こうかと考えている。少しでも何かわかればいいなあ。
※153. Posted by ni-to 2006年12月28日 00:40
父方の祖父は徴兵され中国で戦い、終戦後はロシアへ拘留され大変だったらしい。
もう他界したがあまり語らなかった。父から聞いた話では中国人を殺した事など辛い事ばかりだったので話たくなかったのかな。
ただ自分の馬が死んだ時は一晩馬と一緒にいたそうな・・・。
うってかわって母方の祖父は志願兵で終戦時は軍曹(兵長)だったらしい。最初は中隊で伍長だったらしいがその後昇格し、師団or連隊?クラス付軍曹になりけっこう待遇はよかったそうだ。
本部から食べ物やタバコ等を盗んで友達にあげたりしたらい。
満州からミャンマーまで転戦し、最後はミャンマーあたりで捕まったそうだ。
南方のいた頃は司令官と一緒に視察とかしたらしく、アンコールワットなど見物したと言ってた。
もう他界したがあまり語らなかった。父から聞いた話では中国人を殺した事など辛い事ばかりだったので話たくなかったのかな。
ただ自分の馬が死んだ時は一晩馬と一緒にいたそうな・・・。
うってかわって母方の祖父は志願兵で終戦時は軍曹(兵長)だったらしい。最初は中隊で伍長だったらしいがその後昇格し、師団or連隊?クラス付軍曹になりけっこう待遇はよかったそうだ。
本部から食べ物やタバコ等を盗んで友達にあげたりしたらい。
満州からミャンマーまで転戦し、最後はミャンマーあたりで捕まったそうだ。
南方のいた頃は司令官と一緒に視察とかしたらしく、アンコールワットなど見物したと言ってた。
※154. Posted by あ 2006年12月28日 22:05
うちの爺さんはパプワニューギニアで戦車長をやってたみたい。
戦車が破壊されてからは、ジャングルの中をひたすら逃げ周ってた。当時の階級では軍曹?あたりの地位だったらしいが部下は全員死んだそうな。他にも、俺らが戦ったのはオーストラリア人だとか。「あいつら、川に食料を流して狙って撃ってくんだよ。」とか足に撃たれた弾痕を見せてくれたり、「土人っこには世話になった」とも。子供心に凄く衝撃的だった。
後は、満州にいた時。サイドカーに乗れたらしいんだが、その操作方法を戦友に教えている時に、その戦友がまだ教えてもらっている最中なのに、上官を乗っけて運転していたら運転を誤って上官ごと畑に突っ込んだそうな。笑いながら話してくれたね。
最後に、爺様にかつての戦場に行ってみたいかとの問には「二度と行きたくない」
「ジャワの天国。ビルマの地獄。死んでも帰れぬニューギニア」
戦車が破壊されてからは、ジャングルの中をひたすら逃げ周ってた。当時の階級では軍曹?あたりの地位だったらしいが部下は全員死んだそうな。他にも、俺らが戦ったのはオーストラリア人だとか。「あいつら、川に食料を流して狙って撃ってくんだよ。」とか足に撃たれた弾痕を見せてくれたり、「土人っこには世話になった」とも。子供心に凄く衝撃的だった。
後は、満州にいた時。サイドカーに乗れたらしいんだが、その操作方法を戦友に教えている時に、その戦友がまだ教えてもらっている最中なのに、上官を乗っけて運転していたら運転を誤って上官ごと畑に突っ込んだそうな。笑いながら話してくれたね。
最後に、爺様にかつての戦場に行ってみたいかとの問には「二度と行きたくない」
「ジャワの天国。ビルマの地獄。死んでも帰れぬニューギニア」
※155. Posted by 2006年12月30日 03:50
自分の爺ちゃんの家に養子に来た人が
少佐になったけど戦死したってのは聞いたことがある。
少佐って言ったら結構偉い人だよな。
少佐になったけど戦死したってのは聞いたことがある。
少佐って言ったら結構偉い人だよな。
※156. Posted by 2006年12月31日 04:28
親戚のじいちゃんにすごいのがいる。
中国大陸で中国と戦ったときに自分のいた部隊が壊滅。
400人中自分を含め2人しか生き残らなかったそうだ。
しかも壊滅させられ中国兵に追い詰められた時に逃げ場がなく、池に飛び込み蓮の茎をシュノーケルがわりに使い呼吸したとの事・
生きた心地がしなかっただろうな〜。
そんな強運と強い体の持ち主なので80を超えてもぴんぴんしている。
でも飲酒運転しようとするのはやめてくれw
また法事か何かの時に話を聞いてみよう。
中国大陸で中国と戦ったときに自分のいた部隊が壊滅。
400人中自分を含め2人しか生き残らなかったそうだ。
しかも壊滅させられ中国兵に追い詰められた時に逃げ場がなく、池に飛び込み蓮の茎をシュノーケルがわりに使い呼吸したとの事・
生きた心地がしなかっただろうな〜。
そんな強運と強い体の持ち主なので80を超えてもぴんぴんしている。
でも飲酒運転しようとするのはやめてくれw
また法事か何かの時に話を聞いてみよう。
※157. Posted by AK 2007年01月20日 04:15
バカウヨの翼賛カキコで終わったのがなんかなぁ。日本軍死者の大半は餓死者だっつーの。戦争は名誉なんかじゃない。卑怯者どもが、ペッ
※158. Posted by a 2007年01月21日 15:47
俺のおばあちゃん広島の工場で働いていて、8月5日に故郷に
帰ったって話を聞いた。もしあと1日広島にいたら俺いなかった。
帰ったって話を聞いた。もしあと1日広島にいたら俺いなかった。
※159. Posted by 某戦記作家 2007年07月08日 11:15
うちの祖父は幼稚園時代の友人が八人とも生還したらしい。
今でもまだ三人生きているのだろう。
うちの祖父が五人目の死者であった。
みんな、祖父の話は否定しちゃいかんよ。
今でもまだ三人生きているのだろう。
うちの祖父が五人目の死者であった。
みんな、祖父の話は否定しちゃいかんよ。
※160. Posted by j 2007年09月05日 05:46
人殺した自慢多いね
※161. Posted by 2007年11月05日 22:45
母方の祖父は戦争の前半は南方へ行っていたらしい。
基地の工事に従事していたら上から資材が落ちてきて背中を怪我した。その後その傷が膿んでしまったからアルコールで消毒したナイフで膿んだ所を切り開いて膿を出して治したとか。戦争の後半には内地で飛行機の整備やっていたらしい。戦争の最後の方は、どこの基地かまでは覚えていないけど、特攻隊の飛行機も整備していたとか。あまり詳しく語ってはくれなかったけどね。特攻機が出撃する時は整備兵が皆飛行場に出てきて帽子を振って送り出したとか。
戦後は自営業でこつこつ頑張って、バブルの時に商売人の勘みたいなものが働いたのか土地の値段がかなり高いときに店を売ることが出来た。そのおかげで今は祖母とゆっくりと暮らしている。
基地の工事に従事していたら上から資材が落ちてきて背中を怪我した。その後その傷が膿んでしまったからアルコールで消毒したナイフで膿んだ所を切り開いて膿を出して治したとか。戦争の後半には内地で飛行機の整備やっていたらしい。戦争の最後の方は、どこの基地かまでは覚えていないけど、特攻隊の飛行機も整備していたとか。あまり詳しく語ってはくれなかったけどね。特攻機が出撃する時は整備兵が皆飛行場に出てきて帽子を振って送り出したとか。
戦後は自営業でこつこつ頑張って、バブルの時に商売人の勘みたいなものが働いたのか土地の値段がかなり高いときに店を売ることが出来た。そのおかげで今は祖母とゆっくりと暮らしている。
※162. Posted by れん 2008年01月08日 03:50
最後の記事に涙が出た。
今を大事に生きないけんと思った。
※163. Posted by 名無し 2008年01月17日 04:46
うちのじいさんは一ヶ月間フネこいで東南アジアまで攻めたらしい。
マッカーサーと入れ違いだったそう。
結局マラリアになって帰国。そっから戦争終わってオバが生まれてるからまぁ21歳より若い位の歳。
今も鮮明に覚えてるのか、山ほど資料集めてルートも自分で地図作ってあるほど。
マッカーサーと入れ違いだったそう。
結局マラリアになって帰国。そっから戦争終わってオバが生まれてるからまぁ21歳より若い位の歳。
今も鮮明に覚えてるのか、山ほど資料集めてルートも自分で地図作ってあるほど。
